制限なし

【タウンリポート】ネパール 何も捨てない モノの価値観

ネパール③ ASIAN TOWN REPORT vol.9

アジアの街角を現地の生活者の視点でウォッチしてみるアジアン・タウン・リポート。私たち日本人がまだまだ知らない現地ならではの常識や流行、社会や経済・文化にまつわる話題を気ままに報告してもらいます。今回は、ネパールのモノへの価値観についてご紹介します。
 


 
 

災害に強い 質素と節約

コックファイトすなわち闘鶏は、ムアイタイ(ムエタイ)と同様にタイ人が熱狂する合法の国民的ギャンブル。タイの全国各地で月に何度か

モノに対する価値観は、ネパール人の暮らしを見ているうちに教えられることがある。 

“ドンッ”という地鳴り!家から飛び出した。 

2015年4月25日、ネパール大震災。ネパールで地震… ?誰もが予想もしなかった出来事が起こりました。当初は、地震体験や情報の少ないネパール人たちは“恐怖”ばかりが先走って混乱していたようです。家に入るのが怖い… ほとんどの人は地震後、何週間も、テント暮らしや、家の庭、ガレージでの生活が続きました。家が倒壊してしまった人たちは、次の棲みかが出来るまで、何ヵ月もテント暮らしや不自由な時間が続いたようです。テント暮らしが長引くと、6月には雨季がやって来て、水害もあって更に困難な日々が続いたようです。地震後、ライフラインは安定せず、水不足、電圧不安定、薬不足、物品不足もあって、日々の暮らしが、その日を境に一変しました。物不足のニュースが流れると、さらに店の品揃えが質素になり、非常食として買い占めに走る人も多かったようです。ただ、日頃から自給自足に近い暮らしをしている人たちにとっては、備蓄してある穀物類や、畑の野菜が、強い味方となってくれたようです。ちょうどその頃は、麦の収穫の時期で、地震当日、コクナ村の人たちは、麦の収穫のために家の外に出ていたので、村中の家のほとんどが、倒壊したにもかかわらず、命拾いしたということです。麦のおかげで助かった…という後日談を聞くことがありました。皆が皆、地震後の心の曇りはあるものの、面向きには、いつもと変わらぬ、あっけらかんの明るいネパール人、災害に強いネパール人、という印象を強く感じました。通常の生活が、質素である、節約の習慣が、染みついているおかげで、地震後の不便に対して、順応性があったのでしょう。ネパール人は、なにも捨てない… 大袈裟のようで、でもそれに近いことはあります

 



 

モノには第二の人生が待っている  

ある商店では、子供の学校で使っていたノート、紙一枚一枚、大切に取っておいて、客が買った品物を包む、包装紙として使っています。ミタイ屋(ネパールの甘いもの、ドーナツ、サモサなど)の包装紙は、新聞紙です。コーラやミネラルウォーターのペットボトルも大事に取っておいて、水筒のかわりになったり、油をいれる容器になったり。壊れたものは修理して使う。ネパール料理に欠かせない圧力鍋のふたは、専門の直し屋さんが、各町内を歩きながら商売しています。ヒモで束ねた鍋のふたをカチャッカチャッ...と鳴らしながら、その音を聞けば誰もがわかる、鍋直し屋さんが来たことがわかります。 

ネパール庶民が、手軽に買えるものは、なかなか質の良いものとは言えません。何度も修理しながら、なるべく長く使えるようにしています。よく道端で見かけるカジャ屋さん(カジャはおやつの食べ物)の屋台は、自転車から外した車輪の上に板をつけて、簡易的な屋根をつけただけの店。手作り感のあるアイディア屋台です。 

モノへの価値観が、全く異なるネパールでは、モノには第2の人生が待っている、そんな 

風にさえ感じます
 


 
 

ネパール大地震 便利の不便さ

一方では、ネパールの若者たちや、一部の富裕層の人たちは、ネパールで手に入る最新のモノや高価なモノを追いかけています。若い人たちは、インドの芸能人のスタイルの真似をしたり、おしゃれを楽しんでいるのが見えます。彼らは、ネパール伝統衣装ではなく、洋服を好んで着る傾向です。スマホを片手に、新しい大型ショピングモールに集う姿を見かけます。経済的に余裕のある人たちは、車や家、子供の教育費(大学からは留学させる傾向があります)、旅行、買い物、外食... などネパールで出来る、ありったけの贅沢をしているようです。 

地震当初は、裕福な人もそうでない人も、不便を感じながら暮らしていたはずです。 

 

もともと便利を手に入れていた人と、そうでなかった人の差とは、どういうことなのか、地震災害後、ハッキリと自覚した人も多かったと思われます。便利を知ってしまったら不便がどれだけ大変か。大切なことは何なのか。ネパールは、そんなことを教えてくれます。

 

 
  

 

 

執筆者ダミー画像
Shyu シュウ
2007年ネパール移住。物心ついた頃からアジア好き。ライター。音楽大学ピアノ科卒業後、点々と好きなことをやって来たらネパールにたどり着く。極彩色のモノ、本、古い歴史あるもの、アート、工夫好き。夫はネパール国籍。一児の母。
公開日: 2018年10月01日 00:00