制限なし

【入賞】『貧困問題を真剣に考えるきっかけになった』

ドキュメンタリー映画感想文コンクール
【入賞】(一般の部) 


『貧困問題を真剣に考えるきっかけになった』
滝沢 栄

視聴作品「BASURA バスーラ」
https://asiandocs.co.jp/con/41?from_category_id=5




 私が、BASURAバスーラを視聴したいと考えた動機は、1986年2月に発生したフィリピンのピープル・パワーと呼ばれる市民革命の記憶が、2019年の現在でも鮮明に残っているからだ。それは、当時の独裁者マルコス氏が追放され、家族たちが住んでいたマラカニアン宮殿のテレビ映像だった。イメルダ夫人の無数の靴や服のコレクションに衝撃を覚えた。一方、首都マニラのスラム街で貧困に苦しむ子どもたちの映像も同時に取り上げられ、あまりの格差に言葉に表現できないものを感じた。革命から、30年近く経過した。現在の実態を、しっかりと見据えたいと思い、フィリピンの貧困を追い続けている四ノ宮浩氏が監督するこの作品を視聴した。作品は、前作忘れられた子供たち スカベンジャーに登場した家族のその後を追うことを主軸に、前作の映像を取り混ぜながら、展開していく。
   さて、私の脳裏に一番深く刻まれた映像は、貧困という地獄の中でのたうちまわる人間たちの姿だ。具体的に言うと、首都マニラの北方に位置し、1950年代からごみ捨て場になったスモーキーマウンテンに群がる人々。1995年スモーキーマウンテンが閉鎖され、新たに設置されたアロマのごみ捨て山で金目になるごみを見つけようと、大人や子供を問わず、他人を蹴落として、必死になっている人々の姿である。さしずめ、地獄から脱出できる一本の糸にすがろうとして争っている人々を描いた地獄絵図だ。ここで生きることの過酷さを感じずにいられなかった。前作に登場したJRもそんな一人である。前作の映像によると、彼はスモーキーマウンテンに12歳からひとりで住み6年。16歳の友人クリスティーナと結婚した。子供が生まれるが、すぐに伝染病にかかってしまう。彼は、高額の薬代をねん出するために、やせ細った身体にも関わらず売血しようとするが断られる。そこで、子供の名づけ親から金を借りていた。前作の映像は、金を借りるところで終わり、現在に変わる。彼らは、スモーキーマウンテン閉鎖により、永住住宅と呼ばれているアパートに移住していた。男1人、女3人の子供がいて、クリスティーナのお腹には子供がいる。JRは、ジャンクショップのオーナーになっていた。さらに、一家で水を売る仕事をしていた。だが、子供の出産のためまた借金。しかも、赤ん坊は生まれきてすぐ病を抱えてしまった。この時、水を売る仕事を辞めていたため、家計は悪化している。娘の学校代や出産した赤ん坊の治療費など金銭問題は山積している。クリスティーナは、涙にむせびながら、私は耐えますという。
 しかし、耐えると言っても、限度があるのではないか。もう一つの家族イルミナダ親子たちの映像を見て、それは確信へと変わった。前作の映像によると、夫を亡くしたイルミナダは子供を3人抱え、スモーキーマウンテンに住んでいる。イルミナダは、一番上の息子エモンに夫の代わりに稼いでと頼んだ。しかし、この時エモンはたった13歳だ。彼は、学校を辞めて、ごみ拾いをする。深夜の市場にくりだし、その日の稼ぎが少なければ、早朝からまたゴミ拾い。それをジャンクショップに持って行って、転売する。朽ち果てた小屋で疲れはてて眠っている姿や、インタビューに応じ自分の絶望的な状況を語るエモンの表情は、現在のイルミナダのそれと似ていた。前作の映像は、そこで終わる。今の映像に変わり、四ノ宮氏がスモーキーマウンテンの頂上を歩いている。エモンはあれから自殺したという。四ノ宮氏は、イルミナダ親子のそれからとエモンの自殺の真相を追う。故郷のミンダナオ島に戻ったイルミナダ親子のそれからは、とても幸福とは言えない。エモンのことを尋ねられた時のイルミナダの苦悶に満ちた表情が、それを象徴している。ところで、エモンのことだ。彼は、家族を支えるため稼ぎのよい職業を求め、居場所を転々。最終的にはマニラに戻った。車の修理工場に勤めるが、女から金を盗んだ容疑で警察に逮捕され、留置場で首を吊って自殺したという。共犯者がいるかどうかで、警官から拷問を受けていたようだ。それにしても、エモンの周囲にいた人々がいうように、留置場で自殺とはあまりに不可解だ。エモンが埋葬されているコンクリートブロックの墓が映し出された時、エモンの26年間の理不尽な人生に、胸が塞がった。
 最後になるが、貧困や格差という問題はフィリピンに限らない。日本とて例外ではない。いや早急に対策を講じなければ、事態はより一層深刻な問題になってしまうだろう。ところが、日本人の中には、貧しい生活をしているのは、当人の頑張りが足りないからだ、と声高に主張する人がたくさんいる。しかし、いわゆる自己責任論で貧困や格差が解決できないことは、BASURA バスーラを見ることで理解できる。その意味でも、この作品を多くの人が見ることを願わずにいられない。
公開日: 2019年03月10日 18:40