制限なし

【入賞】『悲しみの連鎖』

ドキュメンタリー映画感想文コンクール
【入賞】(学生の部)


『悲しみの連鎖』 
筑波大学附属高等学校2年 田中 里奈


視聴作品「アクト・オブ・キリング」
https://asiandocs.co.jp/con/75?from_category_id=5


インドネシア。この国の名前を聞いて思い浮かべるのはに地上の楽園と言われるバリ、ボロブドゥール遺跡・・・

なぜ私ががインドネシアに惹かれ、また親近感を感じていたかというと私の叔父、叔母は30年前にインドネシアに海外赴任していたからだ。そしてその時の暮らしぶりや母が訪問した時の話を幼いころから耳にし、をいつか訪れてみたいと思っていた。日本にはない、のんびりした生活、風景を思い描いていたからだ。しかしこの映画を見てそんな私の想像していたイメージは崩れていった、というより楽園に見える人々の生活の奥深くに悲惨な歴史が隠されていることを知ったのだ。インドネシアの大虐殺。 この事実は私はもちろん知らなったが、インドネシアに5年間住んでいた叔母でさえ知らない出来事であった。いったいこの事実を知っている人が日本に、いや世界にどのくらいいるのだろう。きっとほとんどいないのではないか。私は同じ世界に「知られていない恐怖」が沢山潜んでいるのだと恐ろしく感じた。

カンボジアのポル・ポトによる大虐殺はテレビで見たこともあり、多少なりとも知識をもっていた。そして知識人というだけで理不尽な虐殺を繰り返すことに憤りを感じていた。しかしインドネシアの大虐殺はそれ以上に不気味さを感じるものだった。

 政権をかけた内戦ではなく抵抗することのない一般の市民を一方的に殺害した虐殺は共産主義を抑えるために仕組まれたものであり、共産主義国がインドネシアに生まれるのを阻止するためにその行為を欧米諸国もある意味黙認し、ソ連も中国共産党寄りのインドネシア共産党をよしとせず、強く抗議はしなかったという。インドネシアは大国の思惑に翻弄されてしまっていたのだ。なんと悲しいことであろう。アフリカの植民地、朝鮮戦争、ベトナム戦争・・・その国や地域の人々の事を真に考えてのことではなく、当事者の意に反した資本主義 VS 共産主義の代理戦争になってしまったケースが頭をよぎった。大国の思想の対立、主義主張の違いが遠因となるのならば、この世界から争いをなくすことは不可能なことなのかと正直やるせなさも感じた。
 さらに私にとって衝撃的だったのは 「アクト・オフ・キリング」というこの虐殺を描いた映画を演じるのが実際に虐殺をした側の人間だったということだ。何の罪もない人々、しかも同じ村や近所に住む次々に殺害しておいて平気な顔で何の悪気もなく出演できる。虐殺をした人間がそれを自慢するという神経は、非常に異常なことであり、恐ろしさに身震いした。この人々の内面をどう理解しろというのだろう。人としての良心がないのではないのか。だが、私はこの心境をただ恐れて否定するだけではなく少しでも理解しなければ進展はないと思い、深く考えてみた。そして、次の結論に至った。彼らには悪である共産党主義者を退治したという大義名分があり、罪を感じるよりも、むしろそれを誇りに思っているからなのだと。共産主義者が悪であると学校でも教育し、共産主義者を排除することが正当化される、そのように政府が仕向けた結果なのだ。ある意味政府に洗脳され、扇動された彼らもまた被害者の一人なのかもしれないと。だが虐殺は被害者の家族に深い悲しみと遺恨を残す。中国の四人組、ルーマニアのチャウシェスク大統領、のように、政権がひっくり変えれば、今度は逆に虐殺者が殺されることもあり得るのだ。そしてそれは終わりなく繰り返される。虐殺は悲しみと憎しみしか生み出さないものなのだと思う。

人知れず、多くの村々で虐殺が行われ、ひたひたと迫ってくる恐怖を実際に経験した村人たちの事を考えると、胸がえぐられる思いだ。SNSなどない時代に当事者がその事実を地方から発信すべはなく置き去りにされてしまった。

政府もメディアも沈黙を保ち、それによって虐殺行為が更にエスカレートしていったのだとすれば、その事実を黙認してきた日本を含む欧米諸国、ソ連、中国にも責任があるといえるだろう。

 今、平和である日本にも長い歴史の間には隠されてきた虐殺、虐待が多々あったのかもしれない。さらに世界のどこかで今も公にならない虐殺が行われているのかもしれない。そのことに気づき、声を上げ、世界に認知してもらう、その大切さを強く感じた。

 広島、長崎の原爆を経験した私たち日本人。いかなる理由があっても人の命は何よりも大事なもので決して奪っていいものではないということを強く世界に訴えいく使命があると感じている。

人はみな平和に暮らしていく権利をもっているはずだ。それが群集心理や洗脳といった正当な理由がないまま奪われてしまう。それが正しい行動ではないということを気づかせるのは当事者ではなく客観的に見れる外部の人々なのだと思う。悲劇を繰り返さないためにも今、世界で何が起きているのかという事実を知り、世界がそれを共有することが重要だと強く感じさせてくれた映像だった。
公開日: 2019年03月10日 18:30