カメラがとらえた現実全2本

厳しく困難な共存と和平への道のり

1948年のイスラエル建国により、家を失い故郷を追われたパレスチナの人々は、今も世代を超えて難民生活を余儀なくされています。パレスチナは、ヨルダン川西岸地区とガザ地区の自治を手にしたものの、土地と宗教と民族をめぐる紛争は、70年を経ても憎悪の連鎖を断ち切れず、停戦は合意と破綻を繰り返してきました。また、アメリカの全面的な支援を受けるイスラエルにとって、パレスチナへの攻撃は赤子の手をひねるようなもので、イスラエルによる一方的で非人道的な攻撃や封鎖などの占領政策がパレスチナの人々を苦しめ、極限にまで追いつめている現状があります。こうした歴史は、共存をめざす和平への道のりが、いかに厳しく困難であるかを物語っています。

現実から浮かび上がる“恐怖の実像”

イスラエルとパレスチナの問題については、世界中で数多くのドキュメンタリーが製作されてきました。なかでも、ありのままの状況にカメラを向け、淡々と映し出された現実には、ときに残酷なぐらい“恐怖の実像”が浮かび上がることがあります。

イスラエルの現実

2015年10月18日に、イスラエル南部のバスターミナルで発生した銃乱射テロ事件。監視カメラに記録された一部始終には、イスラエル軍兵士や警備員、そして群衆がパニックに陥っていく様子がとらえられています。テロリストと間違えられた無関係のエリトリア人男性は、現場でひどい暴行を受け、殺されてしまいます。報道によれば、当時、パレスチナ人が全面蜂起するとの懸念が高まり、襲撃に備えて武装するよう呼び掛ける政治家も出ていたとのこと。こうした事件の背景に、「テロの恐怖」に支配されているイスラエル社会の狂気や、デマに振り回される人々、パレスチナ人への暴力は容認されるという侮蔑意識、憎悪の連鎖が見え隠れします。

パレスチナの現実

一方、ヨルダン川西岸地区のビリン村で農業を営むパレスチナ人男性が、息子の成長を記録するために手にしたビデオカメラで、村の抵抗運動を撮影したドキュメンタリーでは、武器を持たないパレスチナ人に対して繰り返し無差別に銃撃するイスラエル軍の暴挙をとらえています。村人や子どもたちに対して、催涙弾を放ち、実弾を発砲するイスラエル軍の兵士たち。ビデオカメラは被弾などによって5台も壊されながら、それでも危険をかえりみず撮影を続ける彼の執念に、あまりに理不尽なパレスチナの現実を世界に伝えなければならないという強い使命感を感じずにはいられません。

カメラがとらえた2つの現実に、私たちはどう向き合うべきか、真剣に考えなければなりません。
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