台湾、そして日本全3本

台湾生まれの日本人 「湾生」たち

日清戦争の結果、1895年(明治28年)の下関条約によって、清国から日本に割譲された台湾は、1945年(昭和20年)、日本がポツダム宣言を受諾し、中華民国に返還されるまでは、日本の領土でした。台湾で生まれ育った日本人は、終戦後、見知らぬ日本「本土」へと帰還しなければなりませんでした。台湾人と結婚するなどして、そのまま台湾に残った日本人もいました。

日本で苦労を重ねた台湾移民たち

また、日本統治時代に、台湾から沖縄の離島へ移住した台湾移民たちもまた、日本の敗戦により分断され、日本人でもなく台湾人でもない無国籍のまま、アメリカ統治下の沖縄で生きなければなりませんでした。彼らは、貧しい生活を強いられ、差別による苦しみを乗り越えなければなりませんでした。

日本人の誇りを大切にする「日本語世代」の台湾人

日本統治時代に青春時代を生きた台湾人、いわゆる「日本語世代」の人々の中には、自分たちは「日本人」であったという意識が強い人もいます。「敗戦後、中国籍になったのは哀しかった。日本人として戦った相手、敵国の籍に入れられるなんて。何もしてくれない日本政府を恨んだ」といいまず。日台の分断は、「日本に見捨てられた」という悲しみのような感情を彼らに抱かせるのです。

それでもなお、互いに思いを寄せあう日台の人々の絆

日台の絆は、国家の事情に翻弄され、傷つき、それでもなお互いに思いを寄せる人々の関係で結ばれてきました。1972年、日本は中華人民共和国との国交正常化のために、台湾(中華民国)との国交を一方的に断絶します。それでもなお、日台の民間交流は盛んです。

分断を乗り越えた日台の絆を次世代に受け継ぐために

特集では、過酷な運命を歩みながら、分断を乗り越えて日台の絆を支え続けてきた人々の思いを受け止め、次世代の日台関係について考えます。日本統治時代から築き上げてきた日台の信頼関係を絶やさないために何が大切か、それぞれの異なる事情から日台の絆をとらえた3本のドキュメンタリー映画が私たちに示唆してくれます。

 
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