イラク戦争 その後全5本

開戦から15年。日本人にも問われるイラク戦争の“責任
2003年3月、アメリカ合衆国を中心とした有志連合軍は、イラクのフセイン政権が「大量破壊兵器を所有している」として軍事介入、イラク戦争が勃発しました。日本では、当時の小泉首相が、開戦のわずか1時間後にアメリカ合衆国への支持を表明します。そして有志連合軍は首都バグダッドを制圧し、フセイン政権を崩壊させました。イラク戦争の犠牲者は、推定で20万人とも、50万人ともいわれています。

何のための戦争だったのか?“大量破壊兵器”はどこへ消えたのか?
イラクでは、日本が”平和国家”であると知られていたことから、日本の首相がアメリカを支持したことに多くのイラク人が戸惑い、衝撃を受けました。また、戦争の大義として掲げられていた”大量破壊兵器”は発見されず、何のための戦争だったのかと、参戦した国々に対して、世界中から非難の声が高まりました。2011年12月、アメリカ軍が撤退しても、イラクは平和を取り戻すどころか政治情勢が不安定化し、イスラム教スンニ派とシーア派の宗教対立が激化するなど内戦状態が続いています。その影響で多くの市民が過激派による爆弾テロに怯える日々を余儀なくされています。

イラク戦争とその後を振り返る。私たちに何ができるのか?
アジアンドキュメンタリーズでは、イラク戦争から15年を経て、あの戦争が何だったのか、あらためて当時をふりかえるドキュメンタリー3作品を配信します。これらのドキュメンタリーは、日本のテレビ報道が決して伝えようとしないタブーにまで深く斬りこみ、メディアの責任をも鋭く問いかけるものです。私たち日本人には、イラク戦争を支持した国の国民としての責任があります。なぜ、日本はアメリカを支持したのか、せざるを得なかったのか、そして日本とイラクの信頼と友好を取り戻すために何ができるのか、私たちは考えなければなりません。

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