近くて遠いふたつの国全2本

「地上の楽園」とうたわれた北朝鮮 帰国事業 

かつて北朝鮮は「地上の楽園」といわれました。日本政府も、日本のマスコミも、そうしたうたい文句をとなえ、国交のない北朝鮮へ、朝鮮半島出身者とその家族らを、人道的な立場から「帰国」させるという取り組みを行いました。 

きっかけは、日・朝両国の赤十宇社の協定によるもので、1959(昭和34)年12月14日、新潟港から北朝鮮に向けて、その「帰国事業」の第1船が船出したのです。その後3年の中断を経て、1984年までに約9万3000人が北朝鮮に永住帰国しました。その中には、日本人の配偶者(いわゆる「日本人妻」)やその子どもも含まれていました。 
 

実際の故郷ではない”祖国”への帰国 

在日朝鮮人は、その98%が「南半分」、つまり今の韓国出身です。そのため帰国者のほとんどは、北朝鮮が実際の故郷ではありませんでした。しかし、彼らには故郷に帰りたいという思いとは別に、新天地である北朝鮮に希望を抱かざるをえなかった理由があったのです。 

最も大きな理由は「貧困」でした。高度経済成長の恩恵を得られるまで、在日朝鮮人の生活は困窮を極めました。なかでも「雇用差別」が彼らを苦しめたのです。日本での生活難と将来への不安は、新天地を求めて朝鮮半島へ移住する大きな動機でした。しかし、祖国の地は、「地上の楽園」と大々的な宣伝とは真逆の「この世の地獄」だったのです。自由のない差別と監視社会、そして強制労働が彼らを待ち受けていたのです。 
 

日本と北朝鮮 分断された家族の絆 

「ディア・ピョンヤン」と「愛しきソナ」は、まさに「帰国事業」によって家族が分断された記録です。監督のヤン・ヨンヒさんは、朝鮮総聯の幹部として人生のすべてを祖国・北朝鮮に捧げようとしてきた父と母、そして帰国事業で北朝鮮に渡った3人の兄たちと家族が直面する現実に10年に渡ってカメラを向けてきました。総聯幹部だった父の存在により、一般の帰国者家族とは比較できない境遇であることは明らかですが、そこには知られざる北朝鮮の日常はもとより、日本と北朝鮮の国家に翻弄され、分断されながらも、大切な絆を守ろうとするひとつの家族のありのままの姿が映し出されます。 

娘であるヤン・ヨンヒ監督の、父に対する愛情あふれる率直な問いかけと、娘と素直に向き合おうとする父。ふたりの絆が、心に深く響く作品です。 

 

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