霊峰をゆく全3本

アジアの屋根が世界の屋根 二つの霊峰に迫る3作品

登山家、野口健さんのエベレスト登頂の様子を撮影するなど、世界各地の山々の撮影に挑み続けた山岳カメラマン、平賀淳さんが5月17日、米国アラスカ州の山で滑落して亡くなりました。常に死と隣り合わせのリスクを負ってまで登山家や山岳カメラマンを魅了するものは何なのか。難攻不落の山々に挑む登山家の覚悟と、彼らを支えるポーターまたはシェルパと呼ばれる荷運び人の暮らしにも迫りました。そこには登山家やポーターとしての顔だけでなく、家族を支える親の側面も見てとれます。標高8千メートル級の山14座が位置するのは全て、ヒマラヤとカラコルムの二つの山脈。とりわけ危険度の高い二つの霊峰にまつわるドキュメンタリー3作品をご用意しました。

登山家を支えるポーターたちの現実

登山家に同行して荷物を運んだりキャンプの設営を行ったりする現地人をポーターと呼びます。中でもヒマラヤ山麓に住むシェルパ族は案内人としての能力にも長けていたことから、荷物運びと案内人を兼ねる人物をシェルパと呼ぶようになりました。シェルパたちは、ヒマラヤを神々の王国として敬っています。シェルパたちが登山家を支える動機は「生計のため」。山に登ることで家族の生活を支えています。人気のシェルパの報酬は、ネパールの給与水準をはるかに超えるといいます。それでも厳しい季節労働であり、危険な仕事でもあることに変わりはなく、登山隊の仕事を辞めるよう夫を説得するため、ベースキャンプまで山道を歩いて行くシェルパの妻もいるようです。

恩恵も怒りも、全ては山の神の思し召し

アジア各地では「山に神が宿る」「山は修行の場」など、山を聖なるものとする信仰が根付いています。ヒマラヤ、カラコルムの山々も霊峰として崇められ、厳しい気象現象や豊かな恵みなど、山がもたらすもの全てが、神様の思し召しと受け止められています。信仰心の厚い山岳民族から見れば、外国人登山者はときに神への冒涜をはたらく無法者となることも。登るという行為そのものを禁忌としている山もありますが、登山者にとっては一つの目標に過ぎません。異なる価値観と経済行為との間で、シェルパたちの苦悩は続きます。

 
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