
ライムスター宇多丸さんと弊社代表兼編集責任者・伴野智の対談本『ドキュメンタリーで知るせかい』がいよいよ2025年8月20日に発売されます!(リトルモア刊)。
この本から、パレスチナ・イスラエル戦闘中の今、特に読んでほしい第9章 「パレスチナ・イスラエルで生きる」を無料公開します。
この本を製作する日々の中で、パレスチナ・ガザ地区のハマスによるイスラエル奇襲が起こり、大規模な報復がはじまりました。
すぐに、宇多丸さんから提案がありました。パレスチナ問題をテーマにした章を書籍内に設けるべきだ、と。
宇多丸さんは、かねてより、ドキュメンタリー映画を観ることで、報道を補完し、ともすれば記号化してしまう渦中の人たちの存在をありありと実感できるようになる、と話しています。
ここにご紹介するドキュメンタリー映画が、たくさんの人にとって、パレスチナと、それからイスラエルの人/風景/思いを、想像する糧になることを願っています。
(本記事に掲載の情報は2025年7月4日現在のものです)
この本から、パレスチナ・イスラエル戦闘中の今、特に読んでほしい第9章 「パレスチナ・イスラエルで生きる」を無料公開します。
この本を製作する日々の中で、パレスチナ・ガザ地区のハマスによるイスラエル奇襲が起こり、大規模な報復がはじまりました。
すぐに、宇多丸さんから提案がありました。パレスチナ問題をテーマにした章を書籍内に設けるべきだ、と。
宇多丸さんは、かねてより、ドキュメンタリー映画を観ることで、報道を補完し、ともすれば記号化してしまう渦中の人たちの存在をありありと実感できるようになる、と話しています。
ここにご紹介するドキュメンタリー映画が、たくさんの人にとって、パレスチナと、それからイスラエルの人/風景/思いを、想像する糧になることを願っています。
(本記事に掲載の情報は2025年7月4日現在のものです)
宇多丸(RHYMESTER) うたまる(ライムスター)
ラッパー/ラジオパーソナリティ
1969年東京都生まれ。89年にヒップホップ・グループ「RHYMESTER」を結成。以来、トップアーティストとして活躍を続けている。また、2007年にTBSラジオで『ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル』が始まると、09年に「ギャラクシー賞」ラジオ部門DJパーソナリティ賞を受賞。現在、『アフター6ジャンクション2』でメインパーソナリティを務める。映画に造詣が深く、担当ラジオ番組での真摯で丹念な映画評には定評があり、書籍化もされている。『森田芳光全映画』では映画プロデューサー・三沢和子と共に編著を務めた。25年には映画文化の発展に貢献した人に贈られる「淀川長治賞」を受賞。幼少期よりドキュメンタリー映画にもふれ、有楽町よみうりホールでの母親との鑑賞も思い出。

伴野智 ばんの・さとる
株式会社アジアンドキュメンタリーズ 代表取締役社長 兼 編集責任者
1973年大阪府生まれ。立命館大学在学中より映画制作を始め、卒業後はケーブルテレビ局、映像制作会社に勤務した。2018年8月にドキュメンタリー映画専門の動画配信サービス「アジアンドキュメンタリーズ」を立ち上げて以来、ドキュメンタリー映画のキュレーターとして、独自の視点で社会問題に鋭く斬り込む作品を日本に配信。ドキュメンタリー作家としては、「ギャラクシー賞」「映文連アワード」グランプリなどの受賞実績がある。

「知る義務」がある
【宇多丸】 この本を作り始めた直後、2023年10月7日に起こったハマスの急襲をきっかけに、イスラエルによる、パレスチナ・ガザ地区への、史上類を見ない規模の報復攻撃が始まりました。
そこから、わりと早い時期に病院が空爆されるなど、あからさまな国際法違反が繰り返されて……あげく、難民キャンプなどの人道支援活動までもが攻撃破壊対象となり、ついには、飢餓状態が広がるところまで来てしまった。明らかに一線を超えた、ジェノサイドと言わざるをえないような殲滅戦的な軍事活動が、この本の最終〆切日である2025年7月4日現在までずーっと、世界中の人々が注視する中で堂々、続いてしまっているわけです。人権や人命は普遍的に尊重されるべきである、という国際社会の理念や良識を根こそぎ無化してしまう、まさに世界の底が抜けたような事態が、現在も進行している。
それに対して我々も、まことに微力ながら、本書に改めてパレスチナ/イスラエル問題についての章を追加することにして、とりあえずその章だけ先にアジアンドキュメンタリーズのサイトで無料公開する、という試みを、2023年12月から始めてみたんですよね。
というのは、本当に恥ずかしいことですが、僕自身を含めて、少なくない割合の日本人は、パレスチナ/イスラエルのこれまでの歴史について、あまりにも知らなさすぎた。というか、知ろうとしてこなさすぎたと思うんです。
たとえば、先ほど「ハマスの急襲をきっかけに」と言いましたが、その部分だけ見ても、なんにもわかったことにはならなくて……そもそも長年にわたってイスラエルがパレスチナ人を苛烈に弾圧・排除してきた、もっと言えばイスラエルの建国自体が大いに問題含みの厄介な火種だった、といった最低限の前提をわかっていないと、なぜこんなことになっているのかは決して理解できないし、下手すると「なんかテロリストを掃討してるんでしょ、じゃ仕方ないよね」的な、言うなれば「無知から来る暴力的な無関心」に着地してしまいかねない。まぁ残念ながら実際、そういう人もまだ多いのかなとは思いますが……。
そこに対して何かできることはないか、という考えから、伴野さんにはまず、アジアンドキュメンタリーズで配信している中から、パレスチナ/イスラエル問題の入門編となるような作品をいくつか選んでいただいて、それらについて語り合った内容を、前述したように本書の刊行に大きく先駆けて、とりあえず公開してみたわけです。
ただしその後、識者の方のご指摘を受けたり、我々自身もさらにさまざまな本を読んだりして、いくぶん認識が変わったところも出てきましたし、当然、状況も変化しています。なので、そういった部分も適宜フィードバックしつつ、本章では改めて、各作品について語り直してゆこうと思います(アジアンドキュメンタリーズのサイトでの無料公開も2025年8月20日に、本書の内容に差し替えました)。
そこから、わりと早い時期に病院が空爆されるなど、あからさまな国際法違反が繰り返されて……あげく、難民キャンプなどの人道支援活動までもが攻撃破壊対象となり、ついには、飢餓状態が広がるところまで来てしまった。明らかに一線を超えた、ジェノサイドと言わざるをえないような殲滅戦的な軍事活動が、この本の最終〆切日である2025年7月4日現在までずーっと、世界中の人々が注視する中で堂々、続いてしまっているわけです。人権や人命は普遍的に尊重されるべきである、という国際社会の理念や良識を根こそぎ無化してしまう、まさに世界の底が抜けたような事態が、現在も進行している。
それに対して我々も、まことに微力ながら、本書に改めてパレスチナ/イスラエル問題についての章を追加することにして、とりあえずその章だけ先にアジアンドキュメンタリーズのサイトで無料公開する、という試みを、2023年12月から始めてみたんですよね。
というのは、本当に恥ずかしいことですが、僕自身を含めて、少なくない割合の日本人は、パレスチナ/イスラエルのこれまでの歴史について、あまりにも知らなさすぎた。というか、知ろうとしてこなさすぎたと思うんです。
たとえば、先ほど「ハマスの急襲をきっかけに」と言いましたが、その部分だけ見ても、なんにもわかったことにはならなくて……そもそも長年にわたってイスラエルがパレスチナ人を苛烈に弾圧・排除してきた、もっと言えばイスラエルの建国自体が大いに問題含みの厄介な火種だった、といった最低限の前提をわかっていないと、なぜこんなことになっているのかは決して理解できないし、下手すると「なんかテロリストを掃討してるんでしょ、じゃ仕方ないよね」的な、言うなれば「無知から来る暴力的な無関心」に着地してしまいかねない。まぁ残念ながら実際、そういう人もまだ多いのかなとは思いますが……。
そこに対して何かできることはないか、という考えから、伴野さんにはまず、アジアンドキュメンタリーズで配信している中から、パレスチナ/イスラエル問題の入門編となるような作品をいくつか選んでいただいて、それらについて語り合った内容を、前述したように本書の刊行に大きく先駆けて、とりあえず公開してみたわけです。
ただしその後、識者の方のご指摘を受けたり、我々自身もさらにさまざまな本を読んだりして、いくぶん認識が変わったところも出てきましたし、当然、状況も変化しています。なので、そういった部分も適宜フィードバックしつつ、本章では改めて、各作品について語り直してゆこうと思います(アジアンドキュメンタリーズのサイトでの無料公開も2025年8月20日に、本書の内容に差し替えました)。
現代の地球に生きる者として、目下「知る義務」がこれほど強く生じている事象もないわけですから、本書の最終章としてもやはり、ふさわしいトピックと言えるのではないでしょうか。
【宇多丸】 いずれにせよ1本目は、あれですかね。
【伴 野】 はい、『医学生 ガザヘ行く』を僕はおすすめしたいですね。パレスチナ/イスラエル問題にあまり詳しくなくても観やすいですし。ガザにも僕らの日常と近い環境があって、その中でも空爆が突然起きて犠牲になっている人たちがいるということを、実感してもらいたいです。
【宇多丸】 岡真理さんにご寄稿いただいたコラム(P412)によれば、作中に出てくる医学生たちはパレスチナ人の中では相対的に裕福な部類の人々で、リッカルドが居候するアダムの部屋も、ガザ全体からすれば例外的に整備された地区にある、ということのようですが。それだけに、我々も含めて外部の人間には身近に、自分たちの日常とも地続きのものと感じやすい、という効果がある。
というのは、我々が日頃報道などで見るガザは、空爆などを受けて、ガレキだらけになったような状態がどうしても多くなるため、「そこにも我々と何ひとつ変わらない、普通の人々の普通の暮らしがあった」という事実に対する想像力が、逆に働きにくくなる面があると思うんですよね。それもホントにひどい話だとは思うんですけど……。
その点、『医学生 ガザヘ行く』に映し出されるのは、日本や欧米ともまるで変わらないような美しい街並みと、近代的な医療施設、お洒落で知的で笑いの絶えない若者たちで……それだけに、そこにもやはり否応なくのしかかってくるガザの現実が、我々にもおのずと「自分事」として感じられるようになってくる。
たとえば、一見すると何不自由なく暮らしているように見えた青年も、「夢」はいつかガザを脱出することだし、なんならそれすらもハナから諦めている様子だったりする。そうこうするうちに、目と鼻の先に爆弾が落とされて、昨日までの生活空間がいきなり崩壊してしまったりもして……空襲が止んだ翌日、みんな半ばヤケクソでテクノを大音量でかけて、「イエーッ!」なんてやりだしたりするのがまた、世界共通で若者は若者だな、という感じで良かったりするんですけども(笑)。
というのは、我々が日頃報道などで見るガザは、空爆などを受けて、ガレキだらけになったような状態がどうしても多くなるため、「そこにも我々と何ひとつ変わらない、普通の人々の普通の暮らしがあった」という事実に対する想像力が、逆に働きにくくなる面があると思うんですよね。それもホントにひどい話だとは思うんですけど……。
その点、『医学生 ガザヘ行く』に映し出されるのは、日本や欧米ともまるで変わらないような美しい街並みと、近代的な医療施設、お洒落で知的で笑いの絶えない若者たちで……それだけに、そこにもやはり否応なくのしかかってくるガザの現実が、我々にもおのずと「自分事」として感じられるようになってくる。
たとえば、一見すると何不自由なく暮らしているように見えた青年も、「夢」はいつかガザを脱出することだし、なんならそれすらもハナから諦めている様子だったりする。そうこうするうちに、目と鼻の先に爆弾が落とされて、昨日までの生活空間がいきなり崩壊してしまったりもして……空襲が止んだ翌日、みんな半ばヤケクソでテクノを大音量でかけて、「イエーッ!」なんてやりだしたりするのがまた、世界共通で若者は若者だな、という感じで良かったりするんですけども(笑)。
【伴 野】 日常の中に戦場がある、ということが伝わってきますね。
たとえば、市場の様子が映っていて、フルーツが並んでいるのが見えますよね。一見、豊かだなと感じられるかもしれませんが、あれだっておそらく、エジプトから地下トンネルを通じて密輸されている品物なわけです。イスラエルが、どうぞ自由に輸入してください、と言っているわけではないんですよね。
たとえば、市場の様子が映っていて、フルーツが並んでいるのが見えますよね。一見、豊かだなと感じられるかもしれませんが、あれだっておそらく、エジプトから地下トンネルを通じて密輸されている品物なわけです。イスラエルが、どうぞ自由に輸入してください、と言っているわけではないんですよね。
【宇多丸】 そっか、そうですよね……そのように、一見「日本や欧米ともまるで変わらない」平穏さの向こうにも、彼らが実はやはり強いられている「天井のない監獄」の暮らし、その理不尽さというのが、どうしたってにじみ出てくる。それを、リッカルドという言ってみれば普通のヨーロッパの若者の目を通して、ごくごく自然に体感できるようになっているのが、本作の優れたところですよね。
それこそ、とくに欧米の映像エンターテインメントを通じた、長年のプロパガンダが浸透しきった結果でもありますが、イスラム教徒というだけで、一方的に怖いとか対話不能なイメージを根強く抱いてしまっているような人は、日本でも少なくないのが残念ながら現状かもしれません。でも、たとえばリッカルドの世話役になるサアディとか、誰だって好きにならずにはいられないような、最高にいいヤツじゃないですか。めちゃくちゃ可愛らしいし(笑)。
少なくとも、単に対象をよく知らないことから来る偏見や恐怖は、彼らの人となりや暮らしぶりをこうして目の当たりにすることで、だいぶ払拭されるんじゃないか、とも思うんですよね。当初はホームシックになっていたリッカルドも、いつしか彼らを家族同然に思い始めて、帰りたくない、とまで言いだすくらいでしたもんね。

作中の病院はすべて破壊された
【伴 野】 そんな我々と地続きの日常の中で、実際、「帰還の大行進」(後述)が起きていて、怪我人がどんどん病院に運ばれてくるような惨状が起きている。リッカルドはあわあわしながら、治療に当たっていましたね。
非常に理不尽なことに、リッカルドには帰るところ、避難するところがあるんだけれども、彼と知り合うガザの人たちは、そこから動くこともできない。それでもこの映画のころはまだマシで……いまや一線を超えて、病院であれ学校であれ、爆撃し放題になってしまっている。
非常に理不尽なことに、リッカルドには帰るところ、避難するところがあるんだけれども、彼と知り合うガザの人たちは、そこから動くこともできない。それでもこの映画のころはまだマシで……いまや一線を超えて、病院であれ学校であれ、爆撃し放題になってしまっている。
【宇多丸】 ちなみに、リッカルドが最初に研修に行っていたアハリ・アラブ病院は、2023年10月17日にイスラエルの空爆と見られる爆破によって壊れてしまったし、その後「帰還の大行進」で負傷した人々の治療に当たっていたアル・アワダ病院も、11月21日にイスラエル軍の地上攻撃に遭い、やはり破壊されてしまいました……。
【伴 野】 リッカルドが留学しているイスラム大学も10月10日に爆撃されました。たしか、兵器を製造しているとかいう理由でしたね。リッカルドが大学を案内されるときにハマスの創始者の写真が飾ってあったりはしましたけど、あそこが兵器工場だった、という理屈でしょうか。
【宇多丸】 まず、ガザにおいてハマスは選挙で選ばれた行政組織なわけですから、公共施設に写真くらいあったって当たり前なんですよね。
とにかくなんであれ、この映画で見る限り、前述の両病院とも普通に患者さんたちを受け入れている医療施設で、子供もいたし、もちろん医療関係者だってたくさんいた。言うまでもなく、こういう場所を攻撃するということそのものが、明白な国際法違反です。
これまでもイスラエルは、国連の非難などをことごとく無視してやりたい放題をやってきましたが、とくに今回は、「ハマスを殲滅する」というそれ自体が極めて一方的な大義名分を掲げて、完全に一線を踏み越えた無差別攻撃をあらゆる場所で繰り広げている。
もはやガザは修復困難なまでに破壊し尽くされてしまったし、さっきも言ったように人々はすでに飢餓にまで追い込まれている。なのにイスラエルはさらに、他の中東諸国にまで攻撃の手を広げているという……文字通り狂気の沙汰というか、本当に手がつけられないような状態になっている。
【伴 野】 絶句するような暴力性ですよね。2024年4月のリッカルドの インタビュー によると、映画に出てきたサアディや、ジュマナ、リッカルドのルームメイトも無事とのことでしたが、今はどうなっているのか……。
【宇多丸】 リッカルドも、さぞかし胸を痛めていることでしょうね。
【伴 野】 サアディはドーハで内科の研修医になったんですよ。
【宇多丸】 そうですか、ならとりあえず彼は安全なところにいるのかな……なんにしても、故郷はすでに破壊され尽くしてしまっているわけですから、無事で良かったでは済まない話ではありますが。
そもそもイスラエルという国の基盤を成すシオニズムは、ヨーロッパにおける根深いユダヤ差別、いわゆる「反セム主義」から逃れるために生まれたものだし、イスラエル建国は紛れもなく西欧植民地主義の産物だしで、要はパレスチナ/イスラエル問題とは、とりもなおさずヨーロッパの責任問題に他ならないわけですよね。
つまり本来なら、たとえばエラスムス制度をうまく利用してパレスチナの学生を国外に出すなど、さまざまな人的・文化的交流で偏見やヘイトを乗り越えてゆくようなやり方を、もっと真剣に模索し整備してゆくべきなんですよね、ヨーロッパの人たちは。そしてその意味で、この『医学生 ガザヘ行く』は、明らかにそうした意志が刻印されている、やはり極めて誠実な作品と言えると思います。

そもそもなぜ「こんなこと」になっているのか
【宇多丸】 さっきから繰り返しているように、2023年10月7日にハマスによるイスラエルへの越境襲撃があって、そこからイスラエルの徹底した報復攻撃が始まったわけですが、そこに至る大前提として、イスラエルの厳しい管理下に置かれたガザ地区の人々が、長年にわたってジワジワと生存権を狭められてきた、という事実があることはきちんと理解しておかなければいけません。
たとえば、度重なる空爆で、浄水施設のような最低限の生活インフラが破壊されてきただけでなく、それを復旧するための資材を運び込むことも禁じられている! 当然、暮らしの質は急激に低下し、まともな仕事もだんだんなくなってくるので、ガザの人たちはやむなく、イスラエル側に越境しては低賃金労働を見つけるしかない、という不条理そのものな搾取構造が生じていたりもする。その一方では、イスラエルからの入植者たちが、軍の力をバックにテリトリーをどんどん広げていて、元からいたパレスチナ住民への嫌がらせや暴力が横行しているという……。
たとえば、度重なる空爆で、浄水施設のような最低限の生活インフラが破壊されてきただけでなく、それを復旧するための資材を運び込むことも禁じられている! 当然、暮らしの質は急激に低下し、まともな仕事もだんだんなくなってくるので、ガザの人たちはやむなく、イスラエル側に越境しては低賃金労働を見つけるしかない、という不条理そのものな搾取構造が生じていたりもする。その一方では、イスラエルからの入植者たちが、軍の力をバックにテリトリーをどんどん広げていて、元からいたパレスチナ住民への嫌がらせや暴力が横行しているという……。
【伴 野】 拷問のようなものですよね。
【宇多丸】 もしくは、もうほとんど「緩慢なジェノサイド」と言ってもいいようなやり口。今回の大規模攻撃がある前から、すでにずーっと、そういう非人道的な状態が続いてきたわけです。
2本目の『ガザ 自由への闘い』は、そうした過去の経緯がひと通り学べるという点で、これぞパレスチナ/イスラエル問題入門に最適な一本と言えるかもしれません。
2本目の『ガザ 自由への闘い』は、そうした過去の経緯がひと通り学べるという点で、これぞパレスチナ/イスラエル問題入門に最適な一本と言えるかもしれません。
【伴 野】 『ガザ 自由への闘い』を、アジアンドキュメンタリーズでは、2023年から無料公開し始めたんですが、これからもずっとそうしようと思っています。
【宇多丸】 本書で扱ってきたドキュメンタリー群とくらべても、かなりストレートにメッセージを前面に打ち出した作りなので、ひょっとしたらそこに反射的な警戒心や抵抗感を抱いてしまう方もいらっしゃるかもしれませんが、使われているデータは公的に認められたものばかりですし、2023年10月以降イスラエルの軍事行動がさらにケタ違いにエスカレートしていったことを考えると、やはりこれくらいはっきりその非人道性を糾弾する必要があるのだ、と言わざるをえないと僕は思います。
【伴 野】 2018年3月30日からガザ地区で始まった「帰還の大行進」という抗議活動を取材した作品で、そこでパレスチナ人がイスラエル軍に何人殺されて、何人が負傷したのか、国連の報告書に基づいたデータも出てきます。ジャーナリスト、医療関係者、子供に対する攻撃は国際法に明らかに違反しているし、実際の蛮行も、しっかりカメラが捉えている。
ここで言う「帰還」とは、1948年のイスラエル建国によって自宅や故郷を追われたパレスチナ難民の帰還を表しています。「帰還権」は1948年以来、国連が認めているし、のちに「不可譲の権利」と宣言もされました。詳しく言えば、故郷に戻り隣人と平和に暮らすことを望む難民は、可能な限り早い時期にそうすることが認められるべきであり、また、帰還しないことを選択した人々の財産と、財産の喪失または損害に対しては、国際法または衡平の原則に基づき、責任のある政府または当局によって補償が支払われるべきである、と国連は決議しているんです。現在まで、この権利が行使されたことはないですし、イスラエルも認めてはいないのですが……。
【宇多丸】 医療従事者への攻撃はイスラエルの法律にすら反している、という話も出てきましたね。
あと、どう見ても催涙弾ではない、吸った途端にバタバタ人が倒れてしまうような、謎のガス弾も撃ち込んでいました。これまた言うまでもなく、戦争犯罪が疑われるあたりです。
基本的には非暴力の抗議デモに、なぜここまでの攻撃性が発揮できてしまえるのか……「基本的には」と言ったのは、国境のフェンスに向かって投石などをする人もいるからですが、あくまで抵抗の姿勢を示すためのもので、もちろん実際に誰に当たるわけでもない。というか、そもそもパレスチナ人たちは、フェンスに、近づくことすらできないんですよね。イスラエル側で待ち構えているスナイパーたちに、撃たれてしまうから。
基本的には非暴力の抗議デモに、なぜここまでの攻撃性が発揮できてしまえるのか……「基本的には」と言ったのは、国境のフェンスに向かって投石などをする人もいるからですが、あくまで抵抗の姿勢を示すためのもので、もちろん実際に誰に当たるわけでもない。というか、そもそもパレスチナ人たちは、フェンスに、近づくことすらできないんですよね。イスラエル側で待ち構えているスナイパーたちに、撃たれてしまうから。
【伴 野】 300メートルより近づいたら殺す、と言ってましたね。
【宇多丸】 さらに驚くべきことに、イスラエルのスナイパー側から見た映像と彼らの会話も、作中に出てきましたよね。見るからに脅威でもなんでもなさそうな少年を、いっさいの躊躇もないどころか、思いっきりイケイケなムードで狙撃していて……要はパレスチナの人々を、まるっきり人間扱いしていないということが丸わかりで。
【伴 野】 映画の中で使われた、やってやったぞ! みたいな感じの映像は、もともとはSNS等で見せびらかすために撮られたもののようですね。こんな感覚で人を殺せるなんて異常です。どういう兵隊教育をやっているのか。
【宇多丸】 まぁ、イスラエルという国家そのものが、シオニズムという僕らからすればかなり特殊な価値観、世界観で成り立っていますから、一般の教育でも、それこそ自分たちの生存権を脅かす存在として、パレスチナ人への敵愾心みたいなものは徹底的に叩き込まれているでしょうし、それがより先鋭化したのが前出の兵士のような人たち、ということではあるんでしょうね。
中東においてはあくまで「敵に囲まれている」という認識なのではないかと……無論、もともとそこに居住していた人たちにしてみれば、あとから軍事力で割り込んできた連中の、手前勝手にもほどがある理屈でしかないわけですが。

「複雑な宗教対立」ではなく、シンプルな人道問題
【伴 野】 この映画の中でも、死体が増えるとテレビ映えし、支持が集まるからハマスが喜んでいる、というイスラエルのネタニヤフ首相の発言が出てきましたね。
【宇多丸】 いやいや、そもそもパレスチナの人々を銃撃して死体を増やしているのは、イスラエル軍でしょう!? っていう。語るに落ちると言うのがふさわしい、杜撰すぎる責任転嫁です。
少なくとも本作を観る限り、どう見たって軍事的脅威にはなりようがなさそうな一般の人々に、イスラエルがゴリゴリに国際法違反な攻撃をしかけているのは明らかだと、たいていの人は感じるんじゃないですかね。
【伴 野】 シオニズムとは、古代ローマ時代にシオン=パレスチナを追われて離散したユダヤ人が、故郷に戻り民族国家の建設を目指す運動のことですが、そもそもユダヤ教とは別物なんですよね。
【宇多丸】 ユダヤ教徒が全員シオニストなわけではなく、むしろ本来の教えに反する、としている人たちも世界にはたくさんいます。第一、シオニズムが根拠としているその「パレスチナを追われて離散」というストーリー自体、実はかなりの誇張があって……詳しくはイスラエルの歴史学者シュロモー・サンドの画期的著書『ユダヤ人の起源 歴史はどのように創作されたのか』(ちくま学芸文庫)などを参照していただきたいですが、世界各地にユダヤ教徒が偏在しているのも、パレスチナでイスラム教徒が多数派になったのも、いずれもその地で時間をかけて改宗が進んだからで、ユダヤ人がまとめて「追われて離散」した史実というのは、実はない。パレスチナ人とは紛れもなく、パレスチナに古くからずっと住み続けてきた人々だし、彼らを追い出してよい権利を持つ集団など、ハナからどこにも存在しないわけです。
また、当初イスラエル国家は、ホロコーストの被害者たちにさえ、非常に冷淡なスタンスを取っていたりしたんですよね。さっさとシオニズムに合流せずぐずぐずヨーロッパにとどまったせいだ、ということで。それがある時期から、「ホロコーストという絶対悪の犠牲者なのだから我々は不可侵な存在なのだ」的な論理を、むしろ国として積極的に打ち出すようになった。
つまりイスラエルは、自らに対する批判や抵抗をことごとく「反ユダヤ主義」のレッテルで封殺しようとしてきましたし、今も声高にそう主張していますけど、実質的には、被差別の歴史を国家として都合よく悪用しているだけじゃないか、と言わざるをえない。
少なくともパレスチナの人々は、もともとユダヤ差別などとはなんの関係もなかったわけですから、彼らに対する暴力を正当化できる理屈など、言うまでもないことですけど、どこにもありません。その意味で、パレスチナとイスラエルの対立を、宗教に由来するものだとなんとなく思って敬遠している人も少なくないかもしれないけど、本質は完全に、政治問題なんですよね。
また、当初イスラエル国家は、ホロコーストの被害者たちにさえ、非常に冷淡なスタンスを取っていたりしたんですよね。さっさとシオニズムに合流せずぐずぐずヨーロッパにとどまったせいだ、ということで。それがある時期から、「ホロコーストという絶対悪の犠牲者なのだから我々は不可侵な存在なのだ」的な論理を、むしろ国として積極的に打ち出すようになった。
つまりイスラエルは、自らに対する批判や抵抗をことごとく「反ユダヤ主義」のレッテルで封殺しようとしてきましたし、今も声高にそう主張していますけど、実質的には、被差別の歴史を国家として都合よく悪用しているだけじゃないか、と言わざるをえない。
少なくともパレスチナの人々は、もともとユダヤ差別などとはなんの関係もなかったわけですから、彼らに対する暴力を正当化できる理屈など、言うまでもないことですけど、どこにもありません。その意味で、パレスチナとイスラエルの対立を、宗教に由来するものだとなんとなく思って敬遠している人も少なくないかもしれないけど、本質は完全に、政治問題なんですよね。
あと、「複雑な歴史があるようだから……」と、それ以上考えるのをやめてしまう傾向もぶっちゃけあると思うんですが、圧倒的な力の差を背景にした人道侵害が繰り返されているのは、これ以上ないほどシンプルかつ明白な事実ですからね。たとえばこの「帰還の大行進」についても、イスラエルは、ハマスの策略で一般市民を人間の盾にしているのだ、と主張していますが……。
【伴 野】 この映画の中でも、死体が増えるとテレビ映えし、支持が集まるからハマスが喜んでいる、というイスラエルのネタニヤフ首相の発言が出てきましたね。
【宇多丸】 いやいや、そもそもパレスチナの人々を銃撃して死体を増やしているのは、イスラエル軍でしょう!? っていう。語るに落ちると言うのがふさわしい、杜撰すぎる責任転嫁です。
少なくとも本作を観る限り、どう見たって軍事的脅威にはなりようがなさそうな一般の人々に、イスラエルがゴリゴリに国際法違反な攻撃をしかけているのは明らかだと、たいていの人は感じるんじゃないですかね。
【伴 野】 そして、その暴力で傷ついた人の先に、あのリッカルドがいるわけですよね。
【宇多丸】 そう考えると、さらにもろもろ立体的に捉えられるようになるかもしれない。改めてやはり、パレスチナ/イスラエル問題を知るとっかかりとして、『医学生 ガザへ行く』と『ガザ 自由への闘い』は、セットでおすすめしたいあたりですね。
後篇に続く


後篇に続く
宇多丸・伴野智『ドキュメンタリーで知るせかい』刊行記念 特別公開!いまこそ読んでほしい第9章「パレスチナ・イスラエルで生きる」前篇
ライムスター宇多丸さんと弊社代表兼編集責任者・伴野智の対談本『ドキュメンタリーで知るせかい』が2025年8月20日に発売されます!(リトルモア刊)。
この本から、パレスチナ・イスラエル戦闘中の今、特に読んでほしい第9章「パレスチナ・イスラエルで生きる」を無料公開します。
言及されている作品もぜひ、ご覧ください。1本から、すぐ観ることができます。
[トピックス一覧]
◎前篇
「知る義務」がある
『医学生 ガザへ行く』 我々と地続きの地獄/作中の病院はすべて破壊された
『ガザ 自由への闘い』 そもそもなぜ「こんなこと」になっているのか/「複雑な宗教対立」ではなく、シンプルな人道問題
◎後篇
『オスロ・ダイアリー』 希望に見えたものは、より深い絶望のはじまりだった?/日本と世界の「ドキュメンタリー」認識の違い
『ビューイング・ブース-映像の虚実-』 なんのための「情報リテラシー」か
『兵役拒否』 「非国民」と呼ばれても
『イスラエル主義』 さらにおすすめの最新入門編
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