特集「パキスタン 光と影」(全8本)

◆「世界の繊維工場」としての産業と、止まらぬ「頭脳流出」
世界第5位の人口(約2億5000万人)を抱えるパキスタンは、巨大な労働力を背景に「世界の繊維工場」と呼ばれています。製造業の柱であるテキスタイル産業は輸出の約55%を占め、国家経済を支える重要な柱となっています。また、労働力の約37%が従事する農業大国でもあり、牛の飼育頭数は日本の約13倍に達します。しかし、現在はアジア最高レベルのインフレと通貨安という深刻な経済危機に直面。所得上位20%層の月収がわずか6万4000パキスタン・ルピー(約3万3,000円)という厳しい現実があります。このため、高度なスキルを持つエリート層が次々と国外へ脱出する「頭脳流出」が加速しており、国家の基盤を揺るがす重大な懸念となっています。
 
◆親切心と強靭さを持ち、芸術を愛する国民性
「テロリストの温床」と懸念されるパキスタンですが、国民は驚くべきホスピタリティとレジリエンスを備えています。見知らぬ旅人をチャイに誘う親切さの一方で、強靭な精神で過酷な歴史に耐え抜いてきました。文化面では、1970年代後半からの「イスラム化政策」により一時は音楽が「罪」とされ、厳しい検閲や制限を受けた時期もありましたが、本来は音楽に極めて寛容な「芸術の国」。現在は伝統音楽と現代的なジャズやロックを融合させるなど、若者を中心に熱狂的な盛り上がりを見せています。また、パンジャブ人やパシュトゥーン人など多様な民族が共生しており、日々の生活や教育において「イスラムの価値観を身につけること」が極めて重視されているのも大きな特徴です。
 
◆人権、民族問題、地政学的リスク、構造的な脆弱性が懸念
ジェンダーギャップ指数が146カ国中145位と、世界最低水準のパキスタン。女性の社会進出制限や識字率の低さが国家成長の大きな足かせとなっていす。また、学齢期の子どもの不就学率の高さも深刻。44%(約2280万人・2017年)の子どもが学校に通えていない状態です。地政学的には、カシミール領有権をめぐるインドとの対立、140万人以上のアフガン難民流入など、深刻なリスクを抱えています。さらに、少数民族ハザーラ人やキリスト教徒への差別、気候変動による未曾有の洪水被害など、国家としての脆弱性が随所に見られます。パキスタンは、過酷なK2登頂を支えるポーターのように極限状態でも生き抜く強靭さと、今にも糸がほつれそうな危うさが同居する、巨大なタペストリーのような存在といえます。

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