ドキュメンタリー映画 『ダック・アカデミー』
スリヨン・ジョンリーパン監督が語る、日本で大ヒットの驚き
 
アジアンドキュメンタリーの配信で大ヒットを記録したタイのドキュメンタリー映画『ダック・アカデミー』。この映画の監督でタイのテレビディレクター、スリヨン・ジョンリーパンさんに、制作の経緯や作品への思いなどについてお話を伺いました。



『ダック・アカデミー』 はこうして生まれた
 
少し話が長くなりますが、『ダック・アカデミー』はもともと、私が経営するタイの制作プロダクションのテレビ番組『ふるさとの土の匂い』のひとつのエピソードでした。当時、このエピソードは、『意志が強い農家』という名前を使って、タイの国内向けに作りました。それは、本作のように海外向けに制作されたものではありませんでした。そして番組を完成させた5年後に、あらためて海外向けにドキュメンタリー映画を作りたいと考えました。なぜなら、ソムヌックさんの取り組みは、環境問題、食の安全、さらにはタイの文化など、いろんなテーマに関わることだったからです。そこでタイ人だけでなく、外国人に理解しやすいように、もう一度、ドキュメンタリー映画として撮り直したのです。
 
もともと本作は、タイ人に見てもらうための番組なので、タイ人が興味を持ちそうな視点で作りました。ソムヌックさんがどのような人物なのか、どれほど才能があるのかに焦点を絞りました。しかし、外国人が興味を持ったのは意外なことに、トラックの大きな籠に自分で乗り降りするダックたちのほうだったんです。そこで海外にも配信できるドキュメンタリー映画を作るために、外国人のドキュメンタリー制作者たちにも協力してもらい、本作を制作したのです。海外の優秀な制作者たちも、みんながこのダックたちに興味を持ちました。やがてドキュメンタリー映画の焦点はダックに移ります。ソムヌックさんはダックがどんなものかを教えてくれる存在として登場してもらうことになりました。さらに私たちはダックの生態を観察し、ダックについて学術的にも研究しました。そして50分のドキュメンタリー映画が完成したのです。



ソムヌックおじさんの思い 3000羽のダックとともに

タイではダックの飼う目的は色々ありますが、ソムヌックさんのダックの目的は、他の人と明らかに違います。他の人は卵を売ったり肉を売ったりするためにダックを飼っているのですが、彼の主な目的は田んぼの害虫を駆除するためです。彼は無農薬でお米を作ろうとしています。この米作りにこそ、彼はとても強い信念を持っていました。 なぜなら、彼は常に化学物質に対して否定的な考えを持っていたからです。彼にとってダックの卵は副産物にすぎませんでした。
 
一方、撮影で苦労したのが、ソムヌックさんの話を聞き出すことでした。彼はカメラに撮られることが苦手で、インタビューもよく断られました。そこでソムヌックさんの話を引き出せるよう、いろいろな手を使いました。例えば、ソムヌックさんの取材の際には、必ず彼が見慣れたメンバーで行くといった工夫です。ダックの撮影については、何もコントロールできないのでこちらも大変でした。とにかくダックたちの動きが速いのです。ねらった映像を撮るためには、色んな種類のレンズを使いますが、レンズ交換をする余裕もありません。そのためほとんどが長回しになり、映像素材はどんどん増えました。しかし、私たちはダックたちの自然な様子をカメラに収めることにこだわりました。




田植えから稲刈りまで撮影、そして何度もやり直した編集
 
本作の撮影には、約半年を費やしました。稲作の期間に合わせて、つまり田植えから稲刈りまでを追いかけました。最初の取材は、ソムヌックさんが稲作を始める前にダックを受け取りに行ったところです。そしてお米の収穫が終わった後も、私たちはまだまだカメラを回しました。なので、撮影は約6か月、編集には約3カ月かかりました。制作過程では、構成を考えたり、ナレーションを作ったりするためにかなりの時間を費やしました。それが本作の難しいところでした。繰り返し、編集をやり直しました。『ダック・アカデミー』は海外の人に観てもらうことを意図したドキュメンタリー映画なので、外国人が観て理解できるかどうかを確かめる必要がありました。英語の表現も外国人に確認してもらわないといけませんでした。
 
ついに完成!海外上映の反応は?
 
『ダック・アカデミー』は、2019年に完成し、ヨーロッパ、特にフランスでとても評判になりました。友人の話によると、フランスにハイキングに行った時にフランス人に出身地を聞かれて、タイ出身だと言うと、フランス人は「ああ…ダック・アカデミー」と言ったそうです。今では、タイといえば『ダック・アカデミー』を思い浮かべるようです。ヨーロッパで最初に販売したのはフランスのアルテで、アルテはフランス、スイス、オランダ、ドイツ、ポーランド、イタリア、アイルランドなどのヨーロッパ諸国に販売することから始まりました。その後、アメリカ、メキシコ、クロアチア、カナダでも配信されました。一部はテレビ局で放映されます。一部は映画祭で上映されました。私たちの映画はカナダ映画祭で賞を受賞したこともあります。



そして、日本で大ヒット!? タイの映画館で上映へ
 
そして私は、日本人に感謝しなければなりません。日本で『ダック・アカデミー』が話題になり、タイの映画館でも上映されることになったからです。もともと『ダック・アカデミー』は、海外向けのドキュメンタリー映画でしたので、タイで上映する予定はありませんでした。ところが2023年6月、日本のX(旧Twitter)で突然、大きな話題になったのです。動画配信のPRでした。予告編の投稿は8万いいねを記録しました。日本の「アジアンドキュメンタリーズ」で『ダック・アカデミー』が大ヒットしたのです。まったく予想もしていないことでした。それがタイでも広がって、この事件はニュースにもなりました。「タイのドキュメンタリーが日本で有名になる」と。日本人の中には、ツアー会社に連絡してソムヌックさんの家に連れて行ってもらう人も出てきました。ダックがバスに乗ったり降りたりする様子を見学して写真を撮ったり、ソムヌックさんと話をする日本人観光客が大勢やってきました。そして本作は、ついにタイの映画館でも上映されることになったのです。私は、普段テレビ番組しか制作していないので、自分の作品をタイの映画館で一般の人々に向けて上映した経験はありませんでした。映画業界の友人に色々アドバイスをもらいながら上映しました。それは私にとってとても新鮮な体験でした。
 
映画館で上映ができて良かったことは、観客の反応を見られることです。お客さんが映画館に来てから帰るまで、誰もが話しかけてくれたり、質問をしてくれたりしました。作品についても多くの意見をもらいました。タイ人がこんなに喜んだり、驚いたり、誇りに思ったりすることになるとは想像できませんでした。さらに、こんな広いスクリーンで私たちのドキュメンタリー映画を観るのは初めてのことでした。とても大きな出来事で、感動しました。この上映を機会に、いろんな知り合いができたことも素晴らしいことだと思いました。



『ダック・アカデミー』を観たタイ人の反応

私は最初、この映画を通して観客に食の安全について伝えるつもりでした。人々が安心して食べられるお米を作ろうとしたおじさんの話です。ところがタイの人々が感動したのは、タイの文化的な誇りであることがわかりました。ソムヌックおじさんは、タイらしさをたっぷり表現できるタイ人の代表格になりました。例えば、彼はハンドルに向かって頭を下げていました。またお米の神様にお祈りしたり、ダックに感謝したり。つまり、それは失われつつあるタイ人の特徴として、とてもはっきりと表れているのです。今では、なかなか見かけなくなったことですね。これは映画のなかで際立っていて、タイの人々にそれを強く意識させたのです。良いタイ人、清らかなタイ人、本当のタイ人はこういう人なんだと。ものごとに寛大で、優しく、感謝し、信頼し、共に生きる。それは見る人の心に深く刻まれたのです。

監督インタビューVol.02 スリヨン・ジョンリーパン

スリヨン・ジョンリーパンは、タイのドキュメンタリー監督です。環境ジャーナリストとして活動を開始し、その後30年間ドキュメンタリー監督として活動してきました。彼の仕事は環境と持続可能な開発に焦点を当てています。作家としても活動しており、2冊の本を出版しています。ここ数年、彼はタイの農業に関するドキュメンタリーを監督しており、自身の有機米農場も経営しています。また彼が仲間と共に26年前に設立したのが、ドキュメンタリーの番組制作会社パーヤイ(Payai Creation Co.,Ltd)です。バンコクに拠点を置き、タイの多くの国営テレビ局向けに「クリーンで心地よいコンテンツ」を制作してきました。パーヤイの作品は主に農業、家族、子供、環境、社会問題に焦点を当て、多くの作品が受賞しています。同社の最新プロジェクトである Duck Academy は、2018年の Asian Side of the Docで ASEANプロジェクトの最優秀ピッチを受賞しました。

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