特集「果てしない戦後」(全4本)

◆終わらぬ戦後:アイデンティティとルーツを求めて
戦後80年近くが経つ今も、当事者にとっての「戦後」は続いています。海外へ養子に出されたGIベビーたちが、高齢となって自分のルーツを求めて施設に問い合わせる事例が今も絶えません。彼らにとって出自を知ることは尊厳に関わる切実な課題ですが、歴史を「断定できない」という理由で説明板を書き換えるなど、事実を風化させる動きも起きています。また、フィリピンの残留日本人の子孫たちが今なお無国籍で彷徨っている現実は、棄民政策の波紋がいかに長いかを物語っています。公的記録の保存は、個人のアイデンティティを支える最後の砦です。過去の過ちを正しく語り継ぎ、多様性を尊重する社会を築けるか。この課題は、現代を生きる私たちの歴史認識を厳しく問い直しています。
 
◆占領政策の闇:放置された「GIベビー」と情報の統制
占領下の日本で、連合国軍兵士と日本人女性の間に生まれた「GIベビー」の存在は、戦後史の巨大な「闇」です。1946年、GHQは彼らの公的保護を否定し、報道も規制しました。政府もまた実態調査に消極的で、救済の責任を民間施設や宗教者に委ねました。横浜の聖母愛児園などの記録によれば、劣悪な環境や母体の栄養不足、先天性疾患により、収容された乳幼児の約26%が命を落とすという凄惨な実態がありました。人種偏見や貧困、性的暴力を背景に生まれた命に対し、国家は保護の手を差し伸べるどころか、その存在を隠蔽しようとしたのです。こうした「混血孤児」たちの境遇は、占領軍と日本政府の歪な政策が生み出した、戦後最大の悲劇と言えます。
 
◆「棄民」とされた外地の日本人:台湾・東南アジアの悲劇
かつて日本の統治下にあった台湾や東南アジア。敗戦は、そこにいた日本人の運命を暗転させました。台湾で生まれ育ち、敗戦後に「故郷」を追われた「湾生(わんせい)」は、引揚げ先の日本で「よそ者」扱いされる苦難を経験しました。一方、東南アジアには独立戦争への共鳴や戦犯裁判への恐れから残留した日本兵が数千人規模で存在しましたが、冷戦下でその存在は長く忘却されました。特に深刻なのはフィリピンです。日本政府は居留民に「現地定着」を強いて事実上突き放す「棄民政策」を取りました。その結果、残された子供たちは反日感情の中で出自を隠して生き、90歳を超えた今も日本国籍がない「無国籍」状態のまま、国家による救済を待ち続けているのです。

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