特集「ムスリムであること」(全5本)
◆偏見に晒される「商人の宗教」とテロリズムを巡る実像
イスラム教は商業倫理を重視する宗教であり、決して暴力志向的な性質を持っているわけではありません。しかし、過激派による行動がメディアで大きく報じられる際、そのネガティブな側面が一般の平和的なムスリムにまで跳ね返り、不当な偏見「イスラム嫌悪」を招いているという実態があります。ムスリム(イスラム教徒)が暴力に訴えるとき、その背景には宗教そのものよりも不公平な搾取、居場所の奪還、あるいは聖なる存在への冒瀆に対する「防衛的な怒り」があるとしばしば指摘されます。西欧諸国が自由や人権を掲げながら、ムスリム世界に対してはそれを認めてこなかった歴史的な二重基準への反発も根底にあります。テロリストというレッテルは、相手の論理を理解しないまま排除しようとする断絶の結果ともいえます。
◆多文化社会で育む異教徒との対等な共生
イスラム教は、キリスト教やユダヤ教を「先行する一神教」として尊重しており、それらの信者を自分たちの「先輩」であると認識しています。根本的な教えにおいて、神と人間の垂直的な関係に対し、人間同士の横の関係は平等であり、人種や民族による差別を認めない寛容な土壌を持っています。現代の多文化社会においても、教育現場などで具体的な共生の姿が見られます。フィリピンやカナダのカトリック校では、ムスリムの生徒が在籍し、宗教を越えた友情や相互理解を深めています。一部のムスリム家庭は、世俗的な公立校よりも、信仰や伝統的価値観を重んじるカトリック校に親和性を感じ、共生を選択しています。イスラムは本来、都市的・商業的な性格を持つ宗教であり、異なる文明圏との交流や商売を通じて発展してきた歴史があります。
◆独特のジェンダー観がもたらす慈愛と弊害
イスラム社会では、母親が家庭内で最も尊敬される存在です。また、キリスト教のような「原罪」の観念がなく、たとえ婚外子であっても生まれた子供に罪はないと考え、法的に保護する厳格な原則を1400年前から持っています。女子教育についても宗教自体が否定しているわけではありません。アフガニスタンの保守的な村でも、地域社会の理解を得ながら女子学校を設立し、夢を育む試みが行われています。一方で、過剰な家父長制的価値観が女性の権利を制限している実態があります。女性は「守られるべき存在」とされるあまり、自立的な行動や教育が制限されるのです。また、結婚においても、家族や宗教の壁が厚く、異教徒との結婚や再婚がタブー視され、親の強い反対に直面するケースも少なくありません。信仰に基づく保護の精神が、時に個人の自由を束縛することもあるのです。
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