特集「中国のラットレース」(全7本)

◆崩れ去った「愛国」と「競争」の神話
1990年代以降に中国で生まれた世代は、天安門事件を知らない「純粋な愛国者」として、国家の発展を疑わずに育ちました。しかし、成長の過程で直面する強引な都市再開発や、地方役人の不透明な権力行使といった現実に直面し、その盲目的な国家への忠誠心は、激しい揺らぎと不信感へと変貌しつつあります。かつては上昇気流に乗るための手段であった「教育」と「競争」も、今や限界に達しています。若年層の失業率が20%を超える中、公務員や教師といった安定した職種すら飽和状態にあり、努力が報われない「内巻(ネイジュアン)」と呼ばれる過酷な競争が常態化しています。この逃げ場のない労働システムに対し、あえて野心を捨てて無気力に生きる「寝そべり」や「スラック(怠けること)」といった消極的な抵抗を選択せざるを得ないほど、若者たちは追い詰められているのです。
 
◆人口減少と高齢化が、伝統と制度への回帰を呼ぶ
若者への圧力は経済面にとどまらず、彼らの「私的な生」にまで深く及んでいます。深刻な人口減少と高齢化を背景に、国家は女性に対して「家庭に戻り、育児を優先する」伝統的な役割を強く推奨し始めました。このような政策的なメッセージは、職場での露骨な性差別を助長し、女性の労働参加率を低下させる要因となっています。さらに、「子孫を残すことが最大の親孝行」という根強い伝統的道徳観が、性的マイノリティの若者たちを苦しめています。家族からの執拗な結婚プレッシャーを回避するために、自らの性的指向を隠して「偽装結婚」や代理出産を選択せざるを得ない状況は、個人の尊厳よりも家族の「メンツ」を優先する社会の歪みの象徴です。また、自立した高学歴女性を「剰女(売れ残り)」と呼ぶ蔑称も、個人の生き方よりも結婚を義務付ける社会の抑圧を反映しています。
 
◆デジタルな虚構と、消えゆくサブカルチャーの拠点
現実社会で「負け組」というラベルを貼られた若者たちは、その救いをデジタル空間の「承認」に求めています。ライブストリーミングを通じた「投げ銭」文化は、仮想空間で束の間の達成感と居場所を買い求める「欲望の経済」として機能していますが、それは同時にプラットフォームによる新たな搾取の場でもあります。一方で、若者たちが現実のプレッシャーから逃れ、自由に自己を表現できた物理的な「シェルター」としてのサブカルチャー拠点は、都市インフラ開発の名の下に次々と解体されています。急速な経済発展がもたらした合理性の追求は、若者から「失敗する自由」や「寄り道をする場」を奪い去りました。現代中国の若者が抱く絶望とは、国家の巨大な野望と伝統的な規範の狭間で、自分らしく生きるための物理的・精神的な居場所を喪失し続けていることの裏返しなのです。

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