特集「イラン 引き裂かれる家族」(全3本)
◆家庭内に持ち込まれた「革命の分断」
1979年のイラン・イスラム革命より前のイランは急速な西欧化の過程にあり、都市部では西洋音楽やファッションを楽しむ世俗的な文化が浸透していました。しかし、革命により「法学者による統治」に基づく神権政治体制が確立されると、それまでの世俗的価値観は「イスラムの価値観」に反するものとして、公的空間のみならず家庭内からも排除されることになりました。国家が特定の宗教的アイデンティティを強要することで、音楽、娯楽、さらには家族写真さえもが検閲や破壊の対象となり、くつろぎの場であるはずのリビングルームにも国家のイデオロギーが浸透しました。革命は、家族の絆をイデオロギーによって二分し、今日まで続く世代間・夫婦間の心理的な溝を残しています。
◆国家による「家族への報復と監視」
現代のイランにおいて政府批判は、本人だけでなくその家族全員を危険にさらすことを意味します。イラン政府は、国外のジャーナリストや国内の人権活動家を抑圧するために、家族を不当に逮捕し、人質にする手法を組織的に用いています。また、監視の目は家庭の内部にも及んでいます。例えば、強制的な服装規定に反対する活動を行った女性の家族が呼び出され、「二度とヒジャブなしで外出させない」という誓約書を書かされるなど、家族が互いを監視し合う役割を強制される構造が作り上げられています。愛する家族を守るために沈黙を選ばざるを得ない状況は、個人の自由を奪うだけでなく、社会の最小単位である家族の信頼関係を内側から破壊し続けているのです。
◆抑圧される「女性と子どもの権利」
イランの家族法は、革命後に近代法からイスラム法へと回帰し、女性や子どもの権利を著しく制限しています。特に顕著なのが成人年齢の規定です。法律上、男子は15歳ですが、女子はわずか9歳で「成人」とみなされます。この規定により、幼い少女たちが結婚や親権をめぐる法的な争いの当事者として、大人の事情に翻弄される不条理な現実が生まれています。女性の権利もまた、法的な差別の中に置かれています。離婚後の親権は基本的に「父親のもの」とされ、母親が子どもを引き取って育てることは極めて困難です。法廷における女性の証言価値は男性の半分とみなされ、家庭内暴力や「名誉殺人※」においても、父親が娘を殺害した際の刑罰は他人の殺害に比べて著しく軽く設定されています。イランの家族が抱える悲劇の背景には、個人の意思を阻む強固な「法の壁」が常に立ちはだかっています。
(※名誉殺人=一族の名誉を守るという名目で、女性が親族男性から殺害されること)
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