特集「薄れゆく戦争の犠牲」(全8本)

◆国民を見捨ててきた日本政府
戦後、日本政府は旧軍人・軍属に対し、援護法等を通じて39兆円に及ぶ巨額の国家補償を行ってきました。しかし、空襲被災者や「棄民」となったフィリピン・中国の残留邦人ら民間人は、その対象から一貫して除外されています。この不条理を正当化してきたのが「戦争被害受忍論」という法理です。「国の非常事態における損害は国民が等しく耐え忍ぶべき」というこの論理が、救済を拒む免罪符となってきました。他国では軍民平等な補償が行われる中、日本が特定の犠牲のみを優遇し、他を忘却の彼方へ追いやる構造は、憲法が掲げる「法の下の平等」を形骸化させる深刻な不作為と言わざるを得ません。国家による「命の選別」という冷酷な実態を、私たちは直視する必要があります。
 
◆境界線に生きる「永遠の異邦人」
国境という境界線上でアイデンティティを翻弄された人々も、歴史の闇に消えようとしています。かつて日本統治下の台湾で生まれ育った「湾生(わんせい)」は、敗戦による強制的な引き揚げで「故郷」から切り離され、日本でも台湾でも「永遠の異邦人」として生きる苦悩を抱えました。彼らにとって台湾への愛は身を焦がすほど深いが、国家はそれを単なる植民地の歴史として処理し、個人の喪失感を置き去りにしてきました。また、ベトナムに残留し独立戦争を戦った日本兵たちは、現地で家庭を築き「新ベトナム人」として生きましたが、日本の公的史実からは長く葬り去られてきました。国家という枠組みがこぼし続けてきた、これら境界線上の物語を、私たちは無視できません。
 
◆美化される歴史と個人の尊厳
「英霊」という美名の下で、犠牲者の生々しい人間性はしばしば覆い隠されます。特攻隊員として散った若者たちの多くは、本来、歌や文学、スポーツを愛した等身大の人間でした。彼らは社会を牽引すべき知性を持っていたがゆえに、戦争の結末を見通しながらも、時代の狂気の中で「軍神」となる運命を受け入れざるをえませんでした。この悲哀は、圧倒的な軍事力に立ち向かい空に散った中国のパイロットら、敵側の若者たちも同様であり、双方に愛する家族や断たれた夢がありました。国家が犠牲を美化し、特定の「英雄譚」を称揚することは、奪われた個々の命の尊厳を矮小化させる行為です。美辞麗句の裏に埋もれた、踏みにじられた個人の葛藤と真実を掬い上げることこそが、二度と同じ過ちを繰り返さないための、真に誠実な歴史継承のあり方でしょう。

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