特集「シリア 自由を手にするために」(全9本)

◆14年の苦難の末に訪れた独裁の終焉
シリア内戦のきっかけは、2011年3月、チュニジアの民主化運動「アラブの春」の影響を受け、市民が自由を求めて起こしたデモ。長期独裁体制にあったアサド政権がこのデモに対し武力で鎮圧を図ったことが、内戦の引き金となりました。内戦は政府と反体制派の対立にとどまらず、イスラム教過激派組織(ISなど)や外国勢力をも巻き込み、複雑化・長期化しました。特に反体制派が統一できなかったことが長期化の重大な要因と指摘されています。2014年にはISが「カリフ国家」樹立を宣言し恐怖政治を敷きましたが、米国主導の有志連合とSDF(シリア民主軍)の作戦により敗北。その後もアサド家による独裁が続きましたが、2024年12月にバッシャール・アル=アサド大統領が国外に逃亡し、新政権が支配する状況となっています。
 
◆逮捕や拷問に抵抗する、新時代の革命手段
シリア市民の抵抗は、独裁政権に抵抗するデモとして始まりました。インターネットの普及により、現地の活動家がSNSを駆使してデモを組織したり、最前線から届く惨状の情報を英訳・動画化して報道機関へ提供したりするなど、一市民の情報発信が国家の歴史を変えうる、新時代の「革命」のあり方を示しました。しかし、アサド政権はデモに武力で応戦し、政権交代を求める10万人規模とも推計される市民を逮捕・収容施設に送るという大規模な弾圧を行いました。活動家たちは、拷問の危険にさらされ、多くは生死も不明なまま。さらに、内戦が激化した都市では、病院や医療施設が意図的に標的にされ、多くの医療機関が閉鎖に追い込まれました。
 
◆政権崩壊後も進展しない人権救済
シリア人権ネットワークの報告によれば、2011年3月以降、アサド前政権下で9万6103人が強制失踪させられ、2022年までに約1万5000人が拷問によって死亡しています。アサド政権崩壊後、市民らは前政権による人権侵害の追及を活発化させており、新政権に対し強制失踪者の安否情報の公開と捜査の進展を求めるデモが行われています。国際社会では繰り返し人権問題が指摘されましたが、具体的な責任追及にはつながりませんでした。また、アサド政権の戦争犯罪の証拠が国連に訴えられた際も、ロシアと中国が拒否権を行使し、国際的な対応が阻まれてきました。国際社会が人権侵害の問題を取り上げ、加害者責任を問わなければ、国内の和解は望めないとされています。

お気に入り登録数:0

カテゴリ