特集「イランという国」(全7本)
◆革命を境に激変した周辺諸国や米国との関係
イランは長い歴史の中で、周辺諸国と多層的な関係を築いてきました。古代ペルシャのキュロス大王がユダヤ人を解放した「黄金時代」から、1979年以前のパフラヴィー朝まではイスラエルと密接な同盟関係を維持。テヘランには数千人のユダヤ系住民が居住し、豪華な生活を享受していました。しかし、イラン革命を境に外交方針は激変。現体制はイスラエルとの外交関係を断絶し、ハマスやヒズボラを通じた「抵抗の軸」を構築して、ハイブリッド戦争を展開しています。対米国でも1980年の国交断絶以来、核開発疑惑や経済制裁を巡る対立が続いています。また、アラブ諸国に対しては、歴史的な優越感を抱きつつも、革命思想の波及を警戒されるなど、宗教的・民族的な緊張関係にあります。
◆イスラム法による統治で抑圧された社会
1979年のイラン革命は、親欧米の専制君主制から、ホメイニ師によるイスラム共和制への歴史的転換をもたらしました。社会構造の変化により、高等教育における女子学生の比率は男子を上回るほど向上しました。医療や教育分野での女性の社会進出も、一定の進展を見せています。しかしその一方で、厳格なイスラム法が施行され、公衆の場でのヒジャブ着用を義務付けられました。飲酒は禁止され、違反者には刑を科すなど個人の自由を厳しく制限しています。この抑圧的な環境に対し、若者たちの間では秘密裏に「欧米風」の暮らしを楽しむ抵抗文化が生まれています。革命の熱狂から数十年。国民の多くを占める革命後世代は、抑圧のない社会を求め始めています。
◆厳しい管理下にある報道と、憂慮すべき人権状況
イランのジャーナリズムは、「イスラムの基本原理」という曖昧な基準によって厳しく管理されており、共和国の秩序に害をなすと判断されれば恣意的な検閲や投獄が行われます。2025年の世界報道自由度指数では180カ国中176位と極めて低く、現地の記者たちは自らの仕事を「地雷原の散歩」「剃刀の刃を渡るようなもの」だと吐露しています。テレビやラジオは体制側に近い国営放送(IRIB)が独占に近い状態。SNSへのアクセスも制限されていますが、多くの国民が迂回手段を使って情報収集を続けています。司法面では死刑件数が激増しており、2025年は1000人以上を処刑。国際社会から強い非難を浴びています。女性や宗教的少数派への法的な権利制限も依然として根深く、人権状況は極めて深刻です。
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