ライムスター宇多丸さんと弊社代表兼編集責任者・伴野智は、対談本『ドキュメンタリーで知るせかい』を2024年春、刊行予定です(リトルモア刊)。
準備を進める日々の中で、パレスチナ・ガザ地区のハマスによるイスラエル奇襲が起こり、大規模な報復がはじまりました。
すぐに、宇多丸さんから提案がありました。パレスチナ問題をテーマにした章を書籍内に設けるべきだ。そして、それを刊行に先んじて、今、緊急公開すべきだ、と。
宇多丸さんは、かねてより、ドキュメンタリー映画を観ることで、報道を補完し、ともすれば記号化してしまう渦中の人たちの存在をありありと実感できるようになる、と話しています。
いま、この5つの映画が、たくさんの人にとって、パレスチナと、それからイスラエルの人/風景/思いを、想像する糧になることを願っています。
 
ライムスター宇多丸(うたまる)
ラッパー・ラジオパーソナリティ。
1969年東京都生まれ。
日本でヒップホップが一般的に認知されるはるか前の89年、早稲田大学在学中にMummy-Dと出会いヒップホップ・グループ「RHYMESTER(ライムスター)」を結成。ジャパニーズ・ヒップホップシーンを開拓/牽引し、結成30年をこえた現在も、TOPアーティストとして驚異的な活躍を続けている。
また2007年にTBSラジオで『ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル』が始まると、09年に「ギャラクシー賞」ラジオ部門DJパーソナリティ賞を受賞するなど、ラジオパーソナリティとしても活躍。番組内の映画批評コーナーなどが人気を博す。2018年4月から生ワイド番組『アフター6ジャンクション』で、23年10月からは『アフター6ジャンクション2』(月〜木21:00〜23:30)でメーンパーソナリティを務める。
映画に造詣が深く、担当ラジオ番組での真摯で丹念な映画評には定評があり、書籍化もされている。かねてより森田芳光監督を敬愛し、書籍『森田芳光全映画』では三沢和子さんと共に編著者を務めた。幼少期よりドキュメンタリー映画にもふれ、有楽町・よみうりホールで母親との鑑賞も思い出。
 

伴野智(ばんの・さとる)
株式会社アジアンドキュメンタリーズ代表取締役社長 兼 編集責任者。
1973年大阪府生まれ。
立命館大学在学中より映画制作を始め、卒業後はケーブルテレビ局、映像制作会社に勤務した。2018年8月に動画配信サービス「アジアンドキュメンタリーズ」を立ち上げて以来、ドキュメンタリー映画のキュレーターとして、独自の視点でアジアの社会問題に鋭く斬り込む作品を日本に配信。
ドキュメンタリー作家としては、ギャラクシー賞、映文連アワードグランプリなどの受賞実績がある。


 
急上昇の皮肉。パレスチナ問題関連作品の視聴回数/『医学生 ガザへ行く』
 
【宇多丸】 伴野さんと『ドキュメンタリーで知るせかい(仮)』という本をこの秋からずっと作っているのですが、その最中に、皆さんご存じの通り、パレスチナ・ガザ地区を実質的に統治していたハマスがイスラエルを急襲(2023年10月7日)、それを受けてイスラエル軍による大規模な報復が始まり……民間人を含む犠牲者が大量に生じる、とてつもない人道危機が今まさに進行中、ということになってしまっているわけです。僕自身、パレスチナ/イスラエル間の紛争の構造や歴史、その中で特にやはりパレスチナ自治区の人たちが長年大変な目に遭い続けてきたことなど、頭では理解しているつもりでしたが、今回のことで、遅まきながらですが改めて、ちゃんとこの件について学び直して、考えてみようと思いまして。たぶん世界的にも多いと思うんですよね、今、その感じのモードになっている人って。ひどい状態も慢性化するとつい「そういうもの」として流しがちになってしまうもので、パレスチナ/イスラエルの問題についても、正直ちょっとその傾向があったと思うんです。特に日本だと、やっぱりアメリカ発の報道や情報がどうしても多くなりがちだから、どちらかと言えばイスラエル寄りの見方で、「ハマスはテロリストで、それを掃討する戦いなんでしょ」とシンプルに考えてしまっている人も、ぶっちゃけ少なくないかもしれない。実際にはそんな単純な話じゃないんだけど……。
 
【伴 野】 アラブのテロリストの話でしょと思っている人はいますね。これまでも、「アジアンドキュメンタリーズ」では、パレスチナ問題についてのドキュメンタリー映画を配信してきたんですけど、なかなか興味を持っていただけなくて……。
 
【宇多丸】 僕も人のことはまったく言えないレベルなのでお恥ずかしい限りなのですが、やはりこれまで、多くの日本人はこの件にそんなに関心がない感じでしたか?
 
【伴 野】 はい。今年2023年の2月に、パレスチナ問題をもう一回紐解こうよっていう特集をしたんですけど、そのときもそこまで関心は……。
 
【宇多丸】 みんなが目下ホントには何に興味を持っているのかを、伴野さんはリアルに視聴数でキャッチできちゃうもんね。
 
【伴 野】 そうなんですよ(笑)。どうやったら多くの人にこの問題を知ってもらったり、考えてもらったりできるんだろうかっていうのは、僕らの中でも思い悩むところがあって。なるべく共感できて、興味を持てて、理解しやすいような作品をお届けしたいと思っているんです。
 
【宇多丸】 当然僕自身も含めてですけど、皮肉なことに人間というのは、ここまで本当にヤバい事態にならないと、問題に目を向けようとしないものでもあるんでしょうね……でも、学びなおすのに遅すぎるということもないと思うので。
 
【伴 野】 たとえば『医学生 ガザへ行く』(2021)。実は、10月7日以降、アジアンドキュメンタリーズで視聴回数が急上昇しました(10月15~31日は約320本の中で第1位)。
 
【宇多丸】 確かに、我々にも近い感覚の、ごく普通の欧米の青年が初めてガザに入り、暮らしてみる、という話ですから、まさしく「パレスチナ入門」として、ちょうどいいのかもしれませんね。
 
【伴 野】 取っ掛かりやすいんだと思います。
 
【宇多丸】 幸いにもというべきか、正視に耐えないような場面はない作品ですし……まあとにかく、イタリアの医学生リカルドが、留学生として初めてガザに行く。僕ら同様、知識としてどういう場所なのかは一応知ってるけど、そこにどういう人たちがどうやって暮らしてるのか、具体的なことはあんまりわかってないような状態で。
 
【伴 野】 もちろんある程度は覚悟してたでしょうけど、そんなに実感があって行ってるわけじゃないから、彼も、面食らうわけですけど。
 
【宇多丸】 ガザに入るために、めちゃくちゃ厳重なゲートをくぐり抜けるのがまず印象的で。
 
【伴 野】 ゲートがものものしいですよね。
 
【宇多丸】 そこを抜けると、もういきなり周りは荒野で、ある意味イメージ通りの「パレスチナ」が広がっている。でも、さらに進んで街の中に入ってみると、あれ? なんかちょっと思ってたのと違う……という感じで。要は、きれいに舗装された道に、ちゃんとしたビルが立ち並んでて、自動車もバンバン行き交っている、いたって普通の近代的な都市なんですよね。我々がニュースで見るガザって、いつも爆撃後の廃墟とかばっかりだから、そこには普通に街があって普通の人が普通に暮らしてたんだ、という当たり前の事実が想像しづらくなっちゃってるところがあると思うけど、実際にはそんな感じで、少なくともリカルドさんが向かう病院のあたりは、我々もわりと見慣れてるような街並みだったりするわけです。
 


 
この病院にテロリストがいる?
 
【宇多丸】 で、ガザの人たちも、リカルドをすごく手厚く、あたたかくもてなしてくれて。
 
【伴 野】 ガザにとっては初めてのヨーロッパからの留学生らしいですからね。
 
【宇多丸】 興味深いのは、大学病院の中をリカルドが案内されていくところで、いろんな写真が飾ってある壁を指差して、まるで校長先生を紹介するような調子で、「これはハマスの設立者で」と説明されますよね。
 
【伴 野】 ハマスが統治してて、行政を担っているんだから、そりゃ写真くらいありますよね。
 
【宇多丸】 つまりそういう、「普通の」行政機関として機能してきたハマス、という側面が、このさりげない会話シーンからはからずも見えてくる。病院自体も、少なくともこの作品内で見る限り、どこの世界にもある、近代的な普通の医療施設ですしね……現在イスラエルは、病院を空爆するという一線を越えた暴挙の論拠として、「ハマス=テロリストが軍事拠点にしてて、紛れてるから」と繰り返していますし、日本での報道もそれをそのまま流していたりするので、じゃあきっとそういうことなんでしょ、と思ってらっしゃる方もたぶん多いと思うんですけど、たとえば前述の場面などを見ると、どうもまったくそういうことじゃないんじゃないか?というふうに、考えざるを得ない。
 
【伴 野】 リカルドが留学したこのガザ・イスラム大学病院も10月8日に空爆を受けて。
 
【宇多丸】 そうなんですね……この作品を観た誰もが、患者や医療従事者や医学生がたくさんいたあの場所によりによって爆弾が落とされたんだ、ということを、より具体的に実感できてしまうはずです。
 
【伴 野】 そうですね。でも逆にイスラエル軍によるあの大学病院への空爆は、あまりに信じ難い行為で、正直なかなか実感が得られないですね。攻撃されたり、破壊されたりする理由が自分のなかでまったく受け入れられない。考えれば、考えるほど許せない。
 
【宇多丸】 一方でこの映画は、ある意味『ヒポクラテスたち』(監督:大森一樹、1980年)的な、医学生たちの物語でもあって。
 
【伴 野】 青春。
 
【宇多丸】 僕が好きなのは、世話役になる学生の、あの丸っこい……。
 
【伴 野】 サディくん。
 
【宇多丸】 もう、いい顔しててさ〜!
 
【伴 野】 いいやつなんですよね。
 
【宇多丸】 他にも友達ができて、屋上でウエーイ!なんつって騒いでさ、夢を語り合って。ただ、彼らがそこで語る「夢」ってやっぱり、ガザから出て行きたいけど許可がなかなかね、って話だったりして……その許可だって、なぜかイスラエルからもらわなきゃならないものですもんね。
 
【伴 野】 そうですね。まさに、これが「天井の無い監獄」だと思い知らされますね。彼らは普通に生活しているようで、やっぱりここは監獄の中なんだって。夢見る自由すら許されていない。
 
【宇多丸】 そんな理不尽な人生を、こんなにも賢くて優しい子たちが強いられ続けていることに、やはりズーン……となってしまったり。かたや、外国人ジャーナリストの仲介をしているというあの女性とか、すごくたくましくて。
 
【伴 野】 ジュマナですね。
 
【宇多丸】 リカルドも、ジュマナに接近するときはなかなか積極的なあたり、やはりちょっとイタリア男っぽさを感じたり(笑)。
 
【伴 野】 ははは。でも、サディくんは引きぎみで。
 
【宇多丸】 奥手そうなのもあるし、おそらくやはり、社会の中にまだまだ旧態依然としたジェンダー的枠組みのようなものが厳しく根を張っている、というような面も、きっとあるはあるんでしょう。
 
【伴 野】 ちなみに、リカルドは原題にもなっている「エラスムス」というEUの交換留学制度でガザに行ってるんです。「交換」ですからつまり、彼らが今度はガザから出られるんですよ。
 
【宇多丸】 なるほど!
 
【伴 野】 この監督たちはその意義も伝えたかったみたいで。あのサディくんもこのあとイタリアに留学できたらしいんです。政治で彼らをガザの外へ連れ出すことはなかなかできないけれど、文化的な交流でなんとか補えないかっていうプロジェクトなわけです。EUはそういうことを責任を持ってしっかりやるべきだ、と監督は思っていたみたいです。
 
 
「ハマスによる実効支配」という言葉と実際
 
【宇多丸】 とにかくこの作品を観ると、日本の一般のニュース報道に触れているだけだとなかなか、すごく抽象的にしかイメージできなかったガザの人々の暮らしが、めちゃくちゃ具体的な、身近なものとして感じられるようになるんですよね。当たり前だけど、そこにもひとつひとつ、我々となんら変わらない「人生」たちがある、ということに気づかされる。なのに、そこに頭から爆弾落っことして、十把一絡げで殺しまくるってやっぱり、許されることじゃないですよ。
 
【伴 野】 リカルドはいまアフガニスタンのカブールで緊急医療に携わっているみたいで、 彼の最近のインタビューを聞いたんですけど、4ヶ月のガザ留学中、4日間爆撃があったらしいんです。「平和な時期でラッキーだった」ってリカルドは振り返って言っていましたけど……。この映画の中で自分を受け入れてくれた家族は避難しているってメールで連絡はあったんだけど、それ以降は連絡が途絶えちゃって、非常に心が痛いって言ってましたね。
 
【宇多丸】 リカルドはホームステイ先の人たちのことを、「兄弟」とまで呼んでましたもんね。最初はホームシックになってたのに、だんだん、もう帰りたくないなぁ、くらいの感じになってきてさ。本来なら、なんの問題もなく最高の人生を歩むべき人たちなのに……ニュースだと記号的にしか伝わらないけど、そこにも人が暮らしてて、人生があって、っていうことを、この映画に限らず、アジアンドキュメンタリーズの作品群を観るたびに痛感します。他人事だった「問題」が、やおら切実な自分事になるというか。
 
【伴 野】 映画を観てると、僕たちも彼らに親しみを覚えてきますよね。
 
【宇多丸】 ホームステイ先のあの若者たちとかさ、近所にドッカンドッカン爆弾落とされてる中、ビルの地下に隠れて「ここが一番安全だから」とか言ってんだけど……でもさ、あんなときでもやっぱり、冗談言い合ってて。なんかそこにもすごく、「生きた人間」を感じました。空爆された翌朝なんか、みんなで大音量でテクノかけて、イエーイ!って(笑)。もう踊るしかないっていう、ヤケクソのダンスなんでしょうけどね。
 
【伴 野】 この映像を見ると、「ハマスによる実効支配」っていう言葉で想像する国じゃないですよね。
 
【宇多丸】 ついついタリバンとかISとか、ああいうゴリゴリに暴力的かつ抑圧的な支配体制を想像しちゃうけど、それとはどうやらまったく違うなって感じですよね。もちろん、本作には描かれていないよろしくない側面も、間違いなくあったりはするんでしょうが……ハマスが実権を握ってからも、けっこう長いですもんね。だからもう、暮らしてる人たちにとっては、事実上の行政府ですよね。
 
【伴 野】 福祉部門もあるし、そういう意味では、もう社会の基盤として成り立っている部分もあるんでしょうね。
 
【宇多丸】 おそらく、とは言え我々の人権感覚からすれば、え?っていうところがまったくなかろうとは言わないし、我々の知らない、まだ見えていない部分もあるかもしれない。それでもやっぱり、ハマスの息がかかっているからという理由であの病院を丸ごと壊すのが正しいとは、とても思えない。少なくとも患者さんがいて、子供がいて、それが現に死んでいるのなら……テロリスト掃討作戦としても雑すぎんだろ!
 
【伴 野】 あの大学病院を破壊した理由をイスラエル軍が発表していて、兵器開発と軍事諜報のための訓練所だから空爆したっていうことでしたけど……。
 
【宇多丸】 『医学生 ガザへ行く』を観る限りあそこはホントにちゃんとした病院だったし、5億歩譲って、仮にそういうことも中ではしていたのだとしても、現に患者や医者がいる病院に爆弾落っことして全破壊なんてこと、やっぱり絶対ダメだろ!としか思えません。
 
【伴 野】 そうですね。国際人道法では、医療従事者や医療施設、医療用車両への攻撃を禁止していますからね。患者や負傷者はもちろん、病院が安全だと信じて避難してきた多くの市民もいたでしょう。
 
【宇多丸】 病院に突入したあとにイスラエル軍が公開してる映像とか見ても、大したものは出てこないしさ。第二次イラク戦争開始の理由としてアメリカ政府が言ってた、「大量破壊兵器」というマボロシのことを思い出さずにはいられない。またか、って感じですよ。
 
 
中篇に続く。イスラエルとパレスチナの歴史的和平合意「オスロ合意」の内幕に取材した『オスロ・ダイアリー』を取り上げます→

ライムスター宇多丸×伴野智 緊急対談/前篇

ライムスター宇多丸さんと弊社代表兼編集責任者・伴野智は、対談本『ドキュメンタリーで知るせかい』を2024年春、刊行予定です(リトルモア刊)。
書籍掲載予定の対談を先行で公開しています。パレスチナ・イスラエル戦闘中の今、観るべき5本のドキュメンタリーについて話し合いました。
 
前篇……『医学生 ガザへ行く』
中篇……『オスロ・ダイアリー』
後篇……『兵役拒否』『ビューイング・ブース』『ガザ 自由への闘い』

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